Q4  特別な力に気がついたらどうする?


 「やっぱり襲い掛かってこない……」


 当初の予定通り食料を調達するべくマンションの外へと出てきた俺は、辺りを闊歩しているシュクシャ達の姿を見てそんな言葉を漏らしていた。


 「さっきの奴が特別ってわけじゃないみたいだな」


 隠れもせずに平然と立ち尽くしている俺を視界に捉えても、シュクシャ達は気にすることなくよろよろと歩き回っている。俺に対する敵意というものは持ち合わせていないらしい。


 「うーん、どうしてなんだ」


 シュクシャ達が襲ってこない事例など、ネットの情報を見る限りでは全く存在しなかった。目の前で起こっている不可解な現象を前に、ただ頭を捻ることしかできない。


 「まあ、襲ってこないんなら好都合か」


 理由が分からないにしても、シュクシャが襲ってこないという現象だけ見ればこれ以上に好ましいこともないだろう。ここは素直にチャンスととらえて、予定通り食料の調達へと向かうことにする。目指すのは、元々あの日の深夜に向かおうと思っていた最寄りのコンビニだ。ここから5分程歩けばたどり着くことができるだろう。

 目的地を決めて歩き出した俺は、足を動かしながらもキョロキョロと視線を動かして周りの状況を観察する。


 「何ていうか、本当に終わっちまったんだな。世界」


 あちこちに飛び散っている血痕、割れた窓ガラス、乗り捨てられた車、ひび割れた道路、そして、闊歩するシュクシャ達。そんな光景の中を歩いていると、本当に世界が変わってしまったのだということを実感する。


 「……ははっ」


 俺は少し、高揚こうようしていた。

 みんな死ねばいい。

 俺はこの一年間、そんな呪詛を世界に抱きつづけながら過ごしてきたのだ。そして、図らずともその願いはこうして現実のものとなっている。

 何の罪もないであろうにシュクシャとなってしまった人達に多少の同情こそあるものの、それでも目の前の非現実がもたらしてくれるこの高揚感に勝ることはないだろう。


 「……なんか、少し見慣れてきたな」


 一向に危害を加えてくる様子のないシュクシャ達の姿を見ていると、少しずつそのおぞましい見た目にも耐性がついてくる。恐怖心が完全になくなったわけではないが、大分マシにはなっただろう。

 そんはシュクシャ達を横目にしばらく歩くと、ほどなくして目的地であるコンビニエンスストアへとたどり着く。


 「やっぱりこんな感じになってるか」


 コンビニは他の建物と同じように窓ガラスが割れ、中は荒れ放題になっていた。

 ガラスの破片を踏みしめるじゃりじゃりとした音を立てながら、コンビニの店内へと侵入する。

 棚が倒れて商品が床に乱雑してしまってはいるものの、その数自体はまだかなり残っている様だ。賞味期限が切れてしまっているものも多いだろうが、インスタント食品や缶詰などの長持ちするものもあるだろう。

 俺は手近にポテトチップスの袋が落ちているのを見つけると、腰を下ろしてその封を開く。そしてそのまま、夢中になってポテトチップスを口に運んだ。

 約2日ぶりに食べ物を口にしたのだ。本当はもっとちゃんとしたもの食べるべきなのだろうが、この状況では仕方ないだろう。

 

 「……ぷはっ、うめぇ!」


 同じく近くに落ちていた飲料水でチップスを流しこみ、服の袖で乱暴に口元を拭う。


 「生き返った気分だ」


 空腹は最高のスパイスだなんて言うが、こうして実際に体感してみるとその言葉がいかに正しいものだったのか分かる。とりあえずは空腹を満たすことに成功した俺は、一心地ひとこここちついてから本来の目的であった食料集めを開始した。

 まずは飲料水を優先的に集め、食べ物は缶詰やインスタント食品などの長持ちするものを選んでバックパックに詰め込んでいく。


 「あとは多分、こういうのも必要になってくるんだろうな」


 乾電池で使用できるも携帯型バッテリーや、ライターなどの便利用品ももらい受けていくことにする。今はまだ電気も水道も生きているが、インフラがダメになってしまうのも時間の問題だろう。


 「こんなもんか」


 色々なものを取り揃えてくれているコンビニには感謝である。

 粗方の食料と物資をバックパックに詰めた俺がコンビニを後にしようとすると、突然ガタリという物音が店内に響き渡った。


 「ん?」


 不審に思った俺は音のした方を確認してみる。どうやら、レジの裏側にある扉から音は聞こえてきたようだ。恐らく、バックヤードか何かに繋がっている扉だろう。

 扉の前まで来てみると、明らかに中に何かがいるような気配が感じられる。


 「シュクシャか?」


 扉の前でそんな呟きを漏らした瞬間だった。


 「だっ、誰かそこにいんのかっ!?」


 中から聞こえてきたのは、そんな男の声だったのだ。予想外の出来事に驚きつつも、俺はその声に答える。


 「え、えっと、いますけど」

 「生きてる人間だよなっ?奴らじゃねえよな!?」

 「そ、そうっすけど」


 というか、こうして会話が成立している時点で俺がシュクシャじゃないのは明白だろう。奴らはとても会話なんてできなそうだそ。


 「良かった……久し振りに普通の人間の声を聞けたぜ。外は大丈夫なのか?」

 「とりあえず、店の中に奴らはいないっすよ」

 

 俺のその言葉を聞くと、ガチャリと鍵の開く音がしてゆっくりと扉が開かれる。中から現れたのは、うだつの上がらなさそうな顔をした中年の男だった。コンビニの制服を身に纏っているところを見ると、ここの店員だろうか?


 「よ、ようやく外に出られた。何日間もここにこもりっぱなしで参ってたんだ。裏手にあった食料と水も尽きかけてたところだし、助かったぜ。ありがとよ、兄ちゃん」

 「あ、えっと、良かったっすね」


 よほど外に出られたのが嬉しかったのか、男は安心しきったような笑みを浮かべている。

 ……そういえば、人とまともに話をしたのは約一年ぶりかもしれない。その相手がこんなおじさんだとは、何とも残念なものだ。


 「それで、君はどうしてここに?」

 「食料とかを探しに……」


 一瞬、店の物を勝手に持っていこうとしていることを咎められるかと身構えた俺だったが、男はそんな素振りは一切見せずに答える。


 「なるほど、勇気があるんだな。道中、奴らには襲われなかったのか?」

 「あー、何ていうか、あいつら、もう人のこと襲わないみたいっすよ?」

 「何だってっ?」


 驚愕をその顔に浮かべる男。


 「ほ、本当なのかっ?」

 「じゃなきゃ、俺もここまで来れなかったすよ」

 「そ、そうなのか……いやでも、そんなわけ」


 せっかく教えてあげているというのに、男は俺の言葉を素直に信じることができないのか難しそうな顔をして俯いている。


 「……実際に見てみれば分かるっすよ」

 「お、おいっ」


 男は放っておいたらいつまでもそうして頭を悩ませていそうな様子だったので、手っ取り早い手段をとることにした。彼の静止を無視して、店の外へと歩き出す。

 外に出てみると、そこには丁度良く複数のシュクシャ達が闊歩していた。店から勢いよく出てきた俺と、その後についてきた男に反応してシュクシャ達は一斉にこちらに振り向く。


 「ひぃ!こっちを見てるじゃねえか!」


 俺の後ろに慌ててついてきた男は、真っ青な顔でそんな悲鳴を上げた。


 「大丈夫っすよ。ただ見てるだけで襲ってくるわけじゃ」


 その瞬間だった。

 これまでのゆっくりとした動きが嘘だったかのように、辺りにいるシュクシャ達が一斉にこちらに向かって走り出す。


 「え?」


 そんな間抜けな声を上げるのが精一杯だった。

 あっという間に走り寄って来たシュクシャ達は、固まっている俺を素通りしてその後ろにいる男へと飛び掛かる。


 「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 そんな絶叫と共に、彼の身体から鮮血が溢れ出した。


 「あっ」


 俺が男にしてやれたことは、そんな呟きを漏らすことだけだった。

 悲鳴につられて更に集まって来たシュクシャ達が、次々と男の身体にその歯を突き立てる。その度に彼の姿かたちがどんどんと失われていく様は、まるで餌に群がる虫たちの捕食シーンを見ているかのようだ。

 俺は何もすることができずに、ただその様子を眺めつづける。

 やがて男が細かな肉片だけになってしまうと、シュクシャ達は再びよろよろと鈍重な動きに戻り、あちこちに散らばっていく。


 「オおぉジぃィイぃィ」


 そんな不気味な声を上げながら口元を真っ赤に染めたシュクシャが俺のすぐ真横を通り過ぎていくのを見送ると、俺は男の残骸を見下ろす。俺の後をついてきたばっかりに、俺が余計なことをしたせいで死んでしまった名前も知らない男の残骸を、俺はしばらくの間見つめ続けているのだった。







 辺りが暗くなってきたところで、俺は部屋へと戻ってきた。行き掛けに倒して放置していたシュクシャをそのままにしておくわけにもいかず、それを乱暴に外へと放り投げてから扉を閉める。

 そのままいつもより熱い水温でシャワーを浴びた後、ボフンッとベッド上に横になった。

 その後何をするわけでもなく、しばらくの間ジッと天井を見つめ続ける。


 「…………俺だけだったのか」


 不意にそんな言葉が漏れだした。

 そう。先程の一件を通して、俺は自分だけがシュクシャに襲われなくなったのだと気がついたのだ。

 何故そんなことになったのか正確な理由は分からないが、原因はまず間違いなく一度噛まれたということだろう。

 

 「俺が仲間にでも見えてんのかねぇ」


 考えてみても結論が出ることはない。

 更に、噛まれたことが原因であろう変化は他にも存在する。


 「……さっきの死体、やけに軽かったな」


 思い返してみれば、先程シュクシャの残骸を片付ける時も全くその重さを苦に感じなかった。いくら内臓なかみがある程度こぼれてしまっていたとはいえ、人一人分の重さが果たしてあの程度のものなのだろうか。


 「やっぱ、俺が変わったんだろうな」


 恐らくだが、俺の身体能力は飛躍的に向上している。

 まだ仮説の段階ではあるが、変化した身体つきや蹴りを繰り出した時の動き、そして先程の死体の重さの件を加味すれば、ほぼ間違いないと言っていいだろう。

 化け物だらけの世界で俺だけ襲われなくて、その上ハイスペックの肉体まで手に入れたということだ。


 「ははっ、まるでチートみたいだな」

 

 散々読み漁っていた、web小説の主人公達。まるで彼らと同じような特別な力チートを、俺は手にしているのだ。あの男の死と引き換えに、それに気づくことができたのである。


 「……よしっ!」


 頬をパンと叩いて立ち上がる。

 いつまでも罪悪感に沈んでいても仕方ないだろう。男に心中で謝罪すると、俺はこれからのことを考えることにする。


 「これからどうするか」

 

 本来、このような状況になれば多くの人は家族や恋人などの大切な人の安否を確かめようと考えるのが普通なのだろう。しかし生憎なことに、俺には無事を確かめたいと思えるような人物が存在していなかった。両親のことさえも、正直言ってしまえばどうでもいいのである。

 一瞬、元の彼女の顔が頭を過ったがすぐに振り払う。俺のことを裏切った女のことなど、どうなろうと知ったことではないのだ。


 「せっかくこんな力があるんだし、やりたいことをやらないとな」


 部屋の中をうろうろと歩き回りながら、これまでに読み漁ってきたweb小説の主人公達のことを思い返す。

 チートを手に入れた彼らはその力を使って敵を打ち倒し、人々に称賛され、そして多くのヒロインの心を射止めていった。


 「ハーレム、か」


 その言葉を口にした瞬間、言い様のないぞくりとした感覚に全身を支配されるのが分かった。

 あぁ、そうか。

 正に夢見ていたことそのものじゃないか。

 今の俺なら、この世界でなら可能かもしれない。死者が蔓延り、生きていくだけで精一杯で、法律も秩序もないこの世界でなら、そんな世界を楽に生き抜ける今の俺なら、可能かもしれない。


 「決めた」


 約一年ぶりに、引きこもり始めてしまったあの日ぶりに、俺の瞳に色が宿る。

 

 「俺は、この世界でハーレムをつくるぞ」


 静寂に包まれている町を部屋の窓から見下ろしながら、俺はそう決意するのだった。

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