4
お盆が終わって夏休みが明けるまでの間に、海月が一匹死んだ。
死んだ事に気付く一日前までは、確かに二匹いた。次の日になると一匹いなかった。
消えていた。
くらげが、海月は死んだら水になるのだと教えてくれた。
「溶け、ちゃうの」
「へえ。何か、良いね。何も残らないの」
「うん」
それから二人で、水槽の水を替えた。
夏休みが明けた。
休みが明けてからは、昼休みと放課後と、後はさぼりたい時にあの教室に行った。
さぼりで教室に行った時、くらげはいたりいなかったりした。いる時は大体寝ていた。
相変わらず何も羽織らずに冷えた教室で寝ていたので、気付いた時に俺の長袖のジャージを掛けておいた。
放課後にありがとうと言って返されるけれど、その後も寒そうに寝ていたりするのでその度に掛けてやった。
くらげは夏休みより寝ている事が多くなった。
「海月に似てんな」
「は?」
「お前が。海月と」
クラスメイトが、俺が前の授業中に落書きしていた下手くそな海月の絵を見て言った。
「なー。どう思う?」
そいつが前の席の奴に声を掛けた。
「んんー。そうかあ?それよかこの間食べたさあー」
すぐ話題が変わってクラスメイト達は俺を挟むように二人で喋っている。
俺にとって、海月は、くらげだ。でも、俺も海月に似ているとしたら。それは多分……。
「ごめん。ちょっと保健室行って来る。気分悪い」
「どした?お大事にー」
「何か変なモンでも食った?」
「そうかも」
荷物をまとめて鞄に突っ込んで教室を出る。
西館一階とは全然逆の方向、北館四階に向かう。本当に保健室に行くつもりはなかった。
ただ嫌な事を思い出しそうで、というかもう思い出しかけていて。
あそこなら、水槽なら気分が落ち着くかと思った。
中学生の時。
俺は何にも考えていなくて、同じグループにいた奴の、そいつにとって大事な事をグループの奴らに勝手に喋った。
一瞬場が凍ったのが分かった。
一瞬だったのにとてつもなく長くて、不味った、と思った。
それは絶対に言ってはいけない事だったと分かった。俺にとっては何でもない事だと思っていたから、他の奴らもそうだと思って。
違った。
そいつは次の日からグループにもクラスにも居場所がなくなって、クラスから浮いた。
それから不登校になって、仕舞いには転校した。
俺の頭が足りていなかったせいで、あいつを傷付けた。他人を追い込んだ。
それから、俺は授業をよくさぼるようになった。
時々、教室というあの空間がとてつもなく嫌になって、息が詰まって、逃げる。
あの、どうしようもなく長かった一瞬が怖くて。
高校でもそれは変わらない。高校に上がってからは、距離を保つ事を覚えた。
昼飯を一緒に食って、ノートを見せてもらって、体育でどこかのグループに適当に混ざる。
このくらいの距離感で良い。
適度に、浮かない程度に。だから、俺が海月に似ているとすれば、それは、流されているだけだから。
……俺も泳げない。
暗い教室、海月の水槽の音だけ聞いて、鞄を枕にして目を閉じた。
水槽は息がしやすかった。
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