くらげと会ってから二週間くらい経った。


補習は夏休み最初の四日で終わりだったけれど、『くらげ』に会いに結局俺は毎日あの教室に通った。何でか。


補習が終わったから朝(と言っても起きられないので十時くらい)に行くよという話をくらげにすると、くらげは、


「なんで、補習受け、てる、の?そんな、に、頭悪く、ない、でしょ?」


と聞いた。


くらげは、俺のどこで頭が良いと思ったのだろう。


「あー。欠席多いだけ。あと、俺は頭良くないよ。よく頭足りないって言われんだ」


「そんな事、ないと、思う、よ」


「なんで?」


「課題、やってる、時、あんまり、問題、に詰まる、事、なかった、でしょ」


良く見ているなと思った。


見られていたのに気付かなかったのは、くらげが不思議に気配が薄いせいか、やっぱり俺が馬鹿だからか。


「くらげは頭良いでしょ」


「うう、ん。私も、そんなに」


「俺よりはマシ、だと思うよ。だってさ、くらげは」


頭の足りなさで誰か、他人を傷付けた事なんてないだろうから。


最後の言葉はぎりぎり飲み込んだ。


「くらげ、は?何?」


「ううん。やっぱいい」


微妙な顔をするくらげを無視して、俺は水槽の水を替えるための準備に取り掛かる。


この休みの間で大分覚えた。


というかくらげに覚えさせられたし自分でも調べて大体出来るようになった。


水槽の海月は相変わらず寿命も何も考えていないみたいにぷかぷかしている。


この日の帰り際、くらげは、お盆の間だけ海月を預かっていてくれないかと言った。


お盆までまだ間があるから考えておいて、無理だったら私がこっそり持って帰るけど多分ばれて捨てさせられる、とか脅しめいた事まで言った。


俺は仕方なく、預かるよと言った。



お盆の間は、とにかく暇だった。


日当たりの無駄に良い部屋はクーラーを点けていても暑いし、課題はとっくに終わっているし、ここ最近の習慣で毎日無駄に早く目が覚めた。


海月は一番日の当たらない場所に置いた。


海月を見ていてもあまり涼しい気分にはならなかった。あの教室は涼しかったな、と思う。


くらげからマイナスイオンでも出てたのか。


……どっちの?これを考えた時だけちょっと可笑しかった。


あの教室にはいつも、俺は十時くらいから、くらげはもう少し早く来て、大体、日没より少し前の七時くらいまではいた。


それまで別に何をするでもなかった。


くらげは寝ている事も多かったし、水槽の水を替えるのも頻繁にしなくても良かった。


くらげが起きている時にたまに喋って、あとは二人とも黙っている。話す事だってあまり多くはない。


どう考えてもあそこの方がずっと暇なはずだった。


けれども、くらげのいるあの空間が好きだった。あそこは全然暇に思わない。


あの教室は水槽みたいだと思った。


外の世界の音が全部遠くて、水の中に俺とくらげと海月だけが閉じ込められているみたいで。


俺もくらげも、ふわふわしている。


その水槽の中でくらげを見ていると良く分からない気分になって、良く分からないけれども悪くなかった。


くらげも、海月を見ている時はこんな気分になるのだろうか。


やっぱり良く分からなかった。


とにかく暇なままお盆が終わった。


海月はおそらく元気そうだった。

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