第87話 夕食作りと想定外の来訪
とりあえず。
真里菜とロザリーの試合が終わってすぐに、家に帰って約一名の欠食児童へ餌やりを済ませた。
少しばかり帰宅が遅くなっただけだというのに、「にーちゃん遅いぃぃぃっ!!」と蹴りを当てられた僕である。真剣に、僕が大学のために家から離れた場合どうしようかと考えていた僕なのだが、なんだか考えなくてもいいかな、と思えてきた。僕の扱い雑だよ、亜由美。
もっとも、時間的に全く余裕がなかったため、野菜を切って炒めて味付けしとろみをつけただけのなんちゃって中華丼を提供すると、満足していたようだった。いつもながら、僕が時間をかけて作ろうと適当に早く作ろうと、何でも美味しいらしい。
そして、亜由美への夕食が終わり次第、僕は普段通りの家事を済ませて真里菜の家へと向かった。
今日はハンバーグを二段重ねにするという約束をしてしまったので、近所のスーパーでひき肉を購入しておいた。ついでにチーズも。というか、試合が終わってからチーズインを要求するということは、割と前に作ったことのあるチーズインハンバーグを随分とお気に召したらしい。
あとは付け合わせにフライドポテトと、さすがに脂質と糖質に偏りすぎであるため野菜サラダを多めに作ろうかな。あとは、作り置きのお浸しとかを――そんな風に献立を決めながら、真里菜のマンションへ。
「ふぅ……」
合鍵を用いて中に入り、まず材料を冷蔵庫の中に入れる。
野菜サラダ用の葉野菜は、昨日買ったものが野菜室に入っている。この冷蔵庫は最近ようやく購入したもので、我が家の冷蔵庫よりも性能が段違いだ。二日目だというのに、まだ新鮮な感じを保たせる野菜室というのは、どのような技術の結果なのだろう。
ついでにウォーターオーブン付き電子レンジとか、両面焼きができる魚焼きグリルとか。僕が我が家の厨房に欲しい逸品ばかりのこれを買い占める梨央奈さんは、どれほどお金持ちなのだろうか。
「さて、やるか」
ふんふんふーん、と鼻歌交じりに、音楽をかけながら料理を開始する。
時刻はまだ十九時半。ロザリーとの試合を行った本日は、もう少し帰りが遅いだろう。今日は警察署での夜練習もないはずだから、学校の練習が終わったら直帰のはずだ。
期待させている分、その期待に応えるだけのハンバーグを作らないと。
「ただいま戻りました」
「お帰り、真里菜さん」
そんな真里菜が戻ったのは、二十時過ぎだった。
いつもなら、大体十九時半といったところなのだけれど、今日は少しばかり遅かったらしい。でも、チーズインハンバーグはデミグラスの煮込みで作っているため、火を通せばすぐに熱々が提供できるのが強みだ。弱火で調整しながら火を通してゆく。
あとはフライドポテトも、事前に温度を整えておいた油の中に投入すればいい。さらに冷蔵庫の中には、既に盛り付けを終えたサラダ、ほうれん草のお浸し、茄子の揚げ浸しがある。ついでに食後のデザートは、今日は皮ごと食べられる白ぶどうである。
だけれど、そんな僕の計算外が一つ。
「Bonsoir」
「……え?」
「こうしてお話する、二度目デスネ」
「……なんで?」
そんな真里菜と一緒にいたのは、ロザリーだった。
今日、真里菜と真剣勝負をしたはずなのだけれど。どうして、こんな風に一緒に帰っているのだろう。
「実は武人、これには理由がありまして」
「うん……そりゃ、理由はあると思うけど」
「ロザリーは本日、聖マリアンヌ女学院を自主退学してきたのだそうです」
「……あ、うん」
「そして住んでいた学生寮も引き払い、荷物も全て本国に送ったということです」
「……うん」
「そして空港に向かう直前に、私と試合をしたいと思って栄玉学園にやって来たのだとか」
「……うん」
「ですが……」
「飛行機の時間、忘れてまシター。ハッハー」
「……」
「……本当は、十七時発の飛行機に乗る予定だったのだそうです」
ええっと。
なんだろう。
二人とも、柔道に関しては一流なのが分かる。だけど。
何なんだろう、この二人に共通した――どことなく、ポンコツなオーラは。
「ひとまず、飛行機の次の便は明日なのだそうです」
「……」
「なので、今夜は我が家に泊めることになりました」
「何がどうなってそうなったの……」
さすがに、今からもう一人前作る時間はなさそうだ。
でも、一応ロザリーはお客様であるわけだし、飯は自分で用意しろ、なんて言うわけにはいかない。
仕方ない。
ここは僕が我慢することにしよう。
「分かった。とりあえず、ご飯は出来てるから」
「……武人、迷惑ではありませんか?」
「いや、僕が迷惑って言うわけにはいかないよ。ここの家主は真里菜さんなわけだし、真里菜さんが良いって言ったのなら、僕は従うだけだから」
そりゃ、男を連れてきたら丁重にお帰りいただくけどさ。
ロザリーに事情があって、その上で真里菜が了承したのであれば、僕が意見する理由なんてどこにもない。
「分かりました。では、食事の用意をお願いします」
「うん、ちょっと待ってね。少し多めに盛り付けるから」
「はい。お手数をおかけします」
「Désolé。いきなり、ごめんなサイ。ごはん、楽しみしていマス」
「うん」
まぁ、ロザリーに悪気はないのだろうし。
将来的にはオリンピックの輝ける世界で、真里菜と戦うのであろうロザリーだ。こんな風に、二人で過ごす時間というのがあってもいいのかもしれない。
「ではマリナ、シャワーを浴びまショー」
「……え?」
「わたし、つゆだくデス。シャワー浴びたいデス」
「それは汗だくと……い、いえ、シャワーは食事の後に……」
「なんデ? シャワー浴びて食べた方が、体キレイで美味しいデス」
「そ、それは……」
「Allons-y!」
「ちょ……!」
え、えーと。
何故か、そう引っ張られて浴室へ向かってゆくロザリーと真里菜。
そういえば確かに、いつも家に帰ってすぐに真里菜は食事だった。で、僕が帰ってからシャワーを浴びていたはずである。
食事を盛り付けながら、キッチンと併設された浴室の水音が聞こえる。
シャァァァァァ、と流れるだけのシャワーの音だけだけれど、それだけで男子高校生である僕はどれほどでも妄想できるものだ。
この壁を隔てた向こうに、真里菜とロザリーが――。
「ん、んっ。ごほんっ!」
だめだだめだ、考えてはいけない。
うら若き女子が二人、この壁の向こうでシャワーを浴びてるとか、そんな妄想――。
『んんっ、狭いデスネー』
『日本の風呂場は本来、一人きりで入るものでして……』
『わたし洗いマース!』
『ちょ、どこを触っているのですか!』
『割と大きいデスネー』
……。
いや、どこを触っているのさ。何が割と大きいのさ。そのあたり詳しく。
ではなく。
「……」
僕の仕事は一つだ。
この桃色の拷問に耐えながら、二人分の料理を用意することである。
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