第80話 夕食準備

「ふぅ……」


 父さんと亜由美への夕食の提供を終えて、僕はそのまま真里菜の家へと向かった。

 学校はテスト期間だけれど、真里菜は毎日警察署で柔道の練習をしているのだ。大体十六時から始まり、二十時くらいには終わるのだと以前に聞いた気がする。そして、これが放課後に学校での練習があった場合、二十時過ぎから二十三時ほどまで行われる夜間練習に、週に三度参加しているのだとか。

 さすがに放課後の練習から夜間練習にぶっ続けで参加するわけではなく、テスト期間中は一応二十時までの練習にのみ参加しているのだとか。その代わりに、夕食後にウエイトトレーニングは行っているらしいのだけれど。


 そして、既に通い慣れた真里菜の部屋へと、合鍵を使って入る。

 いつも練習を終えたらまっすぐ帰ってくるため、僕は二十時半くらいまでに夕食を用意しなければならないのだ。そのために、いつも真里菜の帰宅一時間前には家に訪れるようにしている。

 今日も今日とて、今は十九時十五分。これから真里菜の夕食を一から作るには、十分な時間がある。


「さて……作るか」


 買ってきた材料を台所に並べて、小さくそう呟く。

 ちなみに、毎月の食材用ということで、一定の額を梨央奈さんから支給されている。これに対して領収書などを提出するべきなのか尋ねたけれど、特に必要ないということだった。足りなければ自分で補填し、余ればそれを自分の懐に入れてもいいという、かなりのどんぶり勘定である。

 そうなると当然、節約の鬼である僕はタイムセールで全力を期するのみだ。

 勿論、だからといって真里菜の夕食を作ることに手を抜いているわけではない。僕は僕なりに勉強した栄養学の知識を持って、ちゃんと主菜、汁物、副菜三品をきっちり作っているのだ。極力、もやし等の安い食材は避けて。

 もやしって美味しいんだけど足が早いし、栄養分的には加熱しちゃうとほぼゼロになっちゃうんだよね。


「よし」


 とりあえず、今日買ってきたばかりの鯖を三枚におろす。

 鯖も足が早い魚ではあるけれど、今日の昼網で取れたものを買ってきた。さすがに生で食べられる代物ではないけれど、焼き魚にするのならば問題ない。

 ひとまずメインのおかずは塩鯖に大根おろしだ。大根は少し粗めにおろして、できるだけ栄養が逃げないようにする。ちなみに、大根おろしの栄養ってほぼ溢れる汁の中に含まれてるんだよね。まぁ、塩鯖につけて食べるのは一つのアクセントになるだけだし、問題はない。


 そして、三枚におろした鯖の両面に塩を振りかけて、魚焼きグリルの中へと突っ込む。

 さらに、魚を焼いている間に鞄の中からタッパーを取り出す。タッパーに入っている煮物は以前に作ったものを、我が家の冷蔵庫の中で常備菜としてあるものだ。今日はひとまず、そちらを少し温めることで一品とする。

 さすがに煮物となると、一人前作るより数人分作って、冷蔵庫の中に入れておく方が手間がないんだよね。その代わり、ちょっとかける調味料を変えることで味のアクセントを変えることができるのだ。ちなみに、この家には冷蔵庫がないため、基本的に僕はタッパーを持ち歩いて家で保存していたりする。

 今日は柚子胡椒でもかけて、ちょっと酸味でアクセントを変えてみることにしよう。


 ガスコンロの左側で、味噌汁も作っておく。

 味噌汁というのは最強の飲み物の一つであり、栄養を余すことなく得ることができるのだ。茹でたりするとどうしても、栄養分が茹でるお湯の中に取り残されてしまうのである。だけれど、味噌汁はその滲み出た水分も余すことなく飲み干すものであるため、栄養分のロスがないのである。

 野菜たっぷりの、豚肉なし豚汁のような感じで作っていく。我が家だと、こんなに具沢山の味噌汁作らないんだけどね。いつも、亜由美の希望を聞いて二品だ。


 続いて、しめじ、えのき、エリンギを取り出して切る。ちゃんと食感を感じられるように、それぞれやや大きめだ。

 きのこの歌にもあるように、きのこを食べるのは元気の子だ。きのこの栄養価は非常に高く、たっぷり食物繊維も含まれている。

 ふんふーん、ときのこの歌を口ずさみながら、やや大きめに切ったバターの中で炒めてゆく。加えて、刻みにんにくを入れることも忘れない。にんにくバターは最強の調味料の一つなのだ。


 そしてきのこのガーリックバターソテーが完成したら、最後にほうれん草を軽く水洗いして、沸騰した湯の中に潜らせる。

 あまり長くはやらない。長く茹でると、それだけ栄養価が抜けてしまうのだ。当然、このほうれん草がなるべき料理はお浸しである。

 湯に潜らせたほうれん草を取り出し、水洗いした後絞る。あとは切って、鰹節を乗せれば完成だ。

 そうしている間に塩鯖が上手いこと焼けたため、これで調理終了である。


 ご飯。

 野菜たっぷり味噌汁。

 塩鯖のおろし大根乗せ。

 根菜の煮物。

 きのこのガーリックバターソテー。

 ほうれん草のお浸し。


 これが、本日の真里菜の晩御飯である。

 まぁ、ご覧の通り僕の得意分野は和食だ。


「ふぅ……」


 そして、調理終了で現在二十時である。

 そろそろ、練習を終えて着替えているくらいの時間かな。さすがに冷めたものを提供するわけにはいかないし、帰ってきたらすぐに温めよう。電子レンジというのは実に便利である。


「ふふ……」


 今日は、何を話そうかな。

 なんか変になっていた加奈子のこととか。そんな加奈子が僕の父さんに惹かれているみたいだとか。

 そういえば、『運命の人を探している』という欠席理由は、再試を受けさせるに値するものなのだろうか。加奈子一人のために、諸先生方は新しいテストを作っているはずなんだけど。

 まぁ、それは僕さえ何も言わなければ、『体調不良』という便利な言葉で片付けられるのだろうか。

 父さんの話だと加奈子は襲われそうになって危険だったようだし、そのあたりの事情が先生にも伝わっていたのだろうか。だからこそ、テストの日に体調不良などという欠席が可能だったのかもしれない。

 じゃあ、ちゃんと真里菜にも口止めしておかないと。あ、ダメだ。真里菜すぐ喋っちゃう。

 仕方ない。この事実だけは、僕の心の中だけに留めておくことにしよう。


 と、そんな風に真里菜を待って。

 時計の針が二十一時を迎え、二十二時を過ぎ、二十三時に至っても。


 真里菜は、帰ってこなかった。

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