第79話 家族会議

「……そういうわけなんだけど、どうしよう」


 帰宅後。

 僕は学校から部活を終えて帰ってきた亜由美に、今日の顛末を報告した。

 さすがに、父さんの件だ。僕の心の内だけに留めておいて良い話ではあるまい。


「とーちゃんすげぇ」


「いや、そういう話ではなくて」


「だって、四人だよ。しかも二人はムッキムキでしょ。それを相手にとーちゃん一人で戦うってパネェ」


「そうじゃなくて!」


 まぁ、確かに父さん凄いけどさ。

 男四人相手とか、僕だと間違いなくボッコボコにされるだろう。そもそも知らない女性が絡まれていても、多分僕は見て見ぬ振りをして、見えない場所で警察に通報すると思う。僕は荒事とは無縁の人生でして。

 真里菜ならどうするんだろう。助けに突っ込んで行くのかな。でも、オリンピック出場も嘱望されてる人材である真里菜が、そんな不祥事を起こしたら色々と不味いだろうし、そのあたりはちゃんと常識的に判断してくれると思う。多分。


「そうじゃなくてだな……こう、父さんに恋しちゃったんだよ、そいつ」


「いいんじゃない? かーちゃんいないし、とーちゃんもそろそろ再婚していいと思う」


「僕の同級生だぞ。お前の三つ上だぞ。それが父さんと結婚するとか年の差どうなんだよ」


「うち、この前16歳の女の子が62歳の騎士団長に恋する小説読んだよ」


「それは小説の話だろ」


 小説にしても年の差ありすぎだけどさ。

 というかこいつ、活字読む頭あったんだな。漫画ばかり読んでるイメージがあった。


「でも実際、とーちゃんまだ結婚していい年齢ではあるよ」


「……まぁ、それはそうだけどさ」


「顔はヤクザにしか見えないし、昔から老け顔だけど、とーちゃん36歳だもん」


「……」


 まぁ、晩婚化している今の日本では、父さんくらいの年齢で結婚するのも珍しくはない。

 18歳の時に僕を身篭った母さんと結婚したとか言ってたから、実はあれでかなり若いんだよね。母さんと生まれたての僕をアルバイトで養いながら大学に通って、そのまま公務員試験を突破したというのだから父さんの人生凄すぎる。しかも大学四年生の忙しい時期に亜由美も生まれてるわけだし。

 今でこそ我が家の貯蓄は十分すぎるほどあるけど、当時はさぞ厳しかったことだろう。


 ただ、父さんの年齢とか結婚適齢期とかそういう問題ではなく。

 僕にしてみれば、同じクラスの同級生が義理の母親になるということである。全力で遠慮したい。


「ただいまー」


 そう話をしているうちに、渦中の人物が帰ってきた。

 玄関を開く音がして、すぐにリビングの扉を開いて父さんのご帰宅である。


「とーちゃんおかえりー」


「おう。武人、ビール冷えてっか?」


「五本冷やしてあるよ」


「さすが気ぃ利くな。さすが俺の息子だ」


 どうやら今日は上機嫌らしい。

 そして、帰り道で加奈子と接触することはなかったようだ。僕にしてみれば喜ばしいことである。

 でも、加奈子張り込んでたみたいだけど、どうして遭遇しなかったのだろう。


「明日からまた遅くなる。飯だけ用意しといてくれ」


「そうなの?」


「ああ。ま、詳しいこたぁ言わねぇが……今日はあちらさんに挨拶に行ってきてな。明日から本格的に働くことになった」


「……そっか。うん。頑張って」


 僕は、父さんの仕事の詳しい内容を知らない。

 ただ、水面下でどのように麻薬が取引されているのかを確認し、場合によっては逮捕するのが父さんの仕事だ。それゆえに、日本で唯一『おとり捜査』が認められている職業でもある。

 そんな父さんが『挨拶に行った』のはそういう組織であり、『本格的に働く』というのは潜入である。潜入先で信頼を得るために、最初は勤勉に働かなければならないのだとか。

 大変な仕事だ。


「でもさー、とーちゃんすごいじゃーん」


「あん?」


「とーちゃんに恋する女の子がいるんだってー」


「なんだそりゃ、初耳だぞ」


 そりゃ初耳だよね。これで知ってたら逆に怖い。


「なんかさ……ほら、父さん。昨日、女の子を助けたって言ってたでしょ」


「おう」


「その女の子……僕の同級生だったんだ」


「マジか。そりゃ、変な縁だな……あの娘、大丈夫そうだったか?」


「うーん……ちょっと変になってる」


 ちょっとどころじゃないかもしれないけど。

 そもそもあいつ、大学生の彼氏がいるはずなんだけど、父さんに恋しちゃったみたいだし別れたのかな。昨日の今日で行動力が凄まじい気もするが。

 父さんは、そんな僕の言葉に首を傾げる。


「……ちょっと変に? どういうこった」


「それがさ……父さんが助けた女の子って元々、僕と同じクラスでしかも隣の席でさ。割と話す相手だったんだけど」


「ほう」


「テストなのに今日、来なかったんだ。おかしいなって言ってたんだけど、今日の帰り道で偶然会って」


「ふむ」


「なんか……『運命の人を探してる』らしいんだけど」


「……」


 父さんが、僅かに顔をしかめて眉間に手をやる。

 軽くそこを揉むように悩んでから腕を組み、目を閉じ、暫く経ってから僕を見た。


「……その娘、痛い女なのか?」


「だから変になってるんだって。普段、そんなこと言う奴じゃないんだよ」


「いや、その相手が俺って可能性は」


「そいつの運命の相手は、男四人に絡まれているところを助けてくれた強面のおじさん、だって」


「どう考えても俺じゃねぇか」


「だからそう言ってるんだってば」


 僕にも納得できないことは多いけれど、事実なのだから仕方ない。


「はー……まぁ、気にすんな。そんなもん一時の気の迷いみてぇなもんだ」


「……そうなの?」


「恋愛沙汰なんてもんは、麻疹はしかみてぇなもんだよ。放っときゃ、そのうちおさまる。大体、もう今後俺があの娘と会うこたぁねぇだろうしな。明日から潜入だしよ」


「まぁ……それも、そうなのかな」


 確かに、下手に騒ぎ立てない方が良いのかもしれない。

 一応加奈子の前では、僕の父さんであることは黙っておいた。もしも言ってしまえば、あのまま家まで来そうな勢いだったし。

 今後も黙っておいて、加奈子の熱が引けるまで見守る方が良いのかもしれない。


「ま、それでも熱が引けなきゃ、そんときだ」


「どうするのさ」


「若い嫁さん貰う奴の気持ちってのも、一度味わってみたいもんだ」


「やめて」


 どうして、父さんまでちょっと乗り気になってるのさ。

 僕、加奈子が義理の母さんとか本気で嫌すぎるんだけど。

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