第41話 日曜日

 平日はあっさりと終わりを告げて、やってくるのは週末だ。

 僕はいつも通りに、自宅でのルーティンワーク――家事をこなしつつ、胸を弾ませながら時計を見る。

 午前六時三十分。

 僕は早起きである自覚はあるけれど、それでも大体いつも目覚めるのは六時くらいのものだ。一応目覚ましはセットしているけれど、まともに役立ったことが一度もない。それくらいに、僕は六時に目が醒めるように体に刻まれているのである。


 だが、今日は残念ながら違う。

 あまりにも楽しみすぎて、五時前には既に起き出し、家事をしていた。してしまっていた。

 例えるなら、日曜日が来た小学生のようなものだろうか。まさか楽しみすぎて二度寝すらできない、そんなイベントが人生でやってくるとは思わなかった。


 そう、今日は日曜日。

 真里菜と一緒に、動物園へ行く日なのである。


「ふぅ……」


 そして、僕の目の前にあるのは、二段の重箱だ。

 これから行く先は、動物園である。そして、ああいったレジャー施設の中にある食事というのは、総じて高いというのが事実だ。それも、せっかく観光に来たんだから、という財布の緩んだ層を相手にした価格設定である。

 そして千葉家の家計を預かる者として、そのような高級な昼食など許せるか。いいや、許せるはずがない。

 つまり、僕がお弁当を作ることは、最初から確定事項なのである。


 だが、そこで悩んでしまうのだ。

 一体、僕は何を作ればいいのか。


 真里菜の基本的な食事は、玄米、鳥ささみ、ゆで卵の三つだ。僕は以前、これをアレンジする形で親子丼を作った。実際、真里菜も満足してくれたし、お弁当にまで採用されるほどのものだ。

 そしてちらっと言った、鳥ささみのチャーハン――これも、勿論問題なく作ることができる。

 だが、ここで問題になってくるものがある。それは――彩りだ。


「……」


 お弁当というのは味のみならず、その見た目も大事なのだ。少なくとも、茶色い弁当を僕は許さない。僕が作る限りは、色彩ですら食欲を掻き立てるものを作らねばならないのだ。

 世の男性諸君、お母さんというのは、そこまで考えてお弁当を作っているんだよ。僕、お母さんじゃないけど。


 だが同時に思うのは、僕が下手な昼食を作ってくることで、真里菜の栄養バランスが崩れることである。

 アスリートとして鍛えている真里菜にとって、食事というのも一つのルーティンになるのだと思われる。ここで前時代的に「サプリとかは体に悪いからちゃんと野菜を食べなきゃ」と思う僕もいるけれど、ちゃんと体調と栄養をコントロールして体を作っている真里菜の食生活に対して、口を挟めるほど僕は偉い人間ではない。

 だからこそ、僕も一生懸命勉強したのだ。まだまだ付け焼き刃だが、栄養学について。


 そんな僕が発見し、その上で真里菜へ提供しても問題ないと思えた野菜は、ただ一つ。


「よし」


 冷蔵庫から鳥ささみ、卵を取り出す。玄米は既に炊いて、炊飯器の中だ。

 まずは順当に、卵焼きから始めることにしよう。味付けは塩コショウだけの、シンプルなものだ。僕は甘い卵焼きがあまり好きではないため、作るとすればご飯に合う、おかずになる卵焼きである。

 これを卵焼き用フライパンで焼いて、切って重箱の隅に添える。卵焼きというのは、鮮やかな黄色が食欲をそそるものだ。


 続いて中華鍋に油を入れて、そこで鳥ささみを軽く素揚げにする。

 あまり油の量が多いと脂質が高くなってしまうため、油は控えめだ。そこに玄米、卵を投入し、鶏がらスープと塩コショウで味付けをしながら振れば、それだけで鳥ささみチャーハンの完成である。それをボウルの中に入れて、そのまま自然に冷却されるのを待つ。

 チャーハンが冷めるまでの時間、行うべきは次の作業だ。


 鳥ささみに醤油で下味をつけて、そのまま唐揚げ粉をつけて適温の油で揚げる。この際に使用するのは、エキストラバージンのオリーブオイルだ。

 油が良質であれば、それだけで体内の悪玉コレステロールを下げる効果がある。正直言って高い油だが、それだけの価値はある代物だ。少なくとも、一般家庭では揚げ物には使うまい。

 だけれど、お弁当の主役といえばやはり唐揚げだ。こちらを揚げて、油切りの容器に移してから冷めるまで待つ。


 そして最後に、僕がやるべきこと――それは、ブロッコリーを茹でることだ。

 世の中に様々な野菜はあれど、その中でも最強と称されるのはブロッコリーである。ビタミンCの含有量が非常に高く、食物繊維にも優れたこれは、まさに『最強』の名に相応しい野菜だろう。

 我が家だと、亜由美が嫌いだから全く食卓には並ばないんだけどね。安かったから食卓に並べてみたら、亜由美は一口も食べようとしなかった。そこを無理に食べさせようとすると、マヨネーズを全体にギットギトにつけてから食べていた。あれだと、ブロッコリーを食べているのかマヨネーズを食べているのか最早分からない。


 卵焼きをセッティングし、唐揚げを設置し、その間にブロッコリーとミニトマトを配置するだけで彩りの良いお弁当の完成だ。

 我ながら、惚れ惚れする出来である。栄養制限さえなければ、もっと品数を増やせるのに。

 あと増やせるとしたら、ゆで卵くらいだろうか。いい感じに飾り切りにしたものならば、見た目も映えるかもしれない。


「ふぅ……」


 揚げ物ばかりをしていたからか、玉のように吹き出す汗を拭って、今度はやや冷めたチャーハンへと向かう。

 やはりお弁当である以上、食べやすくすることが一番だろう。だからこそ、一口大くらいの大きさに手に取って丸める。チャーハンだからいまいち固まりにくいけれど、それでもおにぎりにしていることとそうでないのでは、食べやすさが雲泥の差だ。

 そして、重箱の下段にチャーハンおにぎりを並べて、一つ息をつく。


「ふふっ……」


 出来上がったお弁当を仕舞って、傷まないように氷を一緒に入れる。これで、昼くらいまでは保つだろう。

 あとは、亜由美のお弁当だけは作っておかなきゃ。ちゃんとお昼を用意しとかなきゃ、あいつすぐ不機嫌になるんだよね。少しは自分で作ろうとか思わないのだろうか。

 でも、ひとまずこれで完成だ。現在の時刻は七時半で、待ち合わせは九時半に駅前である。まだまだ時間はある。


「それじゃ……お菓子でも、作って持っていこうかな」


 食後の一つの楽しみとして、でも。

 真里菜に喜んでもらえるような、美味しいお菓子を。


 真里菜のことを想いながら作るお菓子は。

 きっと、さぞかし甘いものができることだろう――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る