第32話 デートの予定

「へ? 何、あんたらデートするの?」


「……あ、う、うん」


「ふむ。先日も聞いた言葉ですが、やはり分かりません。一緒にお出かけするだけです」


「それを一般的にはデートって言うから」


 はぁ、と溜息を吐きながら加奈子が項垂れる。

 そんな常識も知らないのか、と目が語っていた。これで、少しでも僕の渡したメモの信憑性が高まってくれると嬉しいのだけれど。


「なるほど。一緒に遊びに行くことをデートというのですね」


「うん……つか、いずみんそれも知らないわけ?」


「ええ。外来語にはあまり強くないものですから。日本人なもので」


 そういう問題じゃないと思う。

 今日日、小学生でもデートの意味は知っていると思うし、ませた子なら既に経験しているのではなかろうか。

 加奈子も僕と同じような感覚なのだろうか、呆れたように苦笑を浮かべている。


「……ま、そういうのもいずみんの可愛いとこだよね。ま、千葉さ」


「う、うん?」


「可愛い彼女、大事にしなよー。まぁ、あたしも保証するし。いずみんはいい子だよー」


「う……」


 真里菜がいい子なのは、僕も知っている。

 というか、身にしみた。何というか……こう、無垢なのだ。

 話してると、僕が煩悩まみれに思えてしまうくらいに。下手な詐欺とかに引っかからないかと心配になってしまう。


「ところで江藤、一つ聞きたいのですが」


「ん? どったの?」


「ええ。先日、武人に『遊びに行く』という行為は公園の遊具などを使用するものではなく、街に買い物に行くものだと聞きました。ですので、私は武人に遊びに行こうと誘ったのです。ですがこれは遊びに行くという行為ではなくデートという形になるのでしょう。では、デートとは具体的にどのような行為を指すのでしょうか?」


 真里菜のそんな、淀みない質問に。

 加奈子は一瞬目を見開いて、それからぎぎっ、と音でもしそうなくらいのぎこちなさで僕を見た。

 その目は、口以上に現在の感情を語っている。

 具体的には、『マジかコイツ』と。


「ねぇ、千葉」


「……どうしたのさ」


「あたしが心配するのもお門違いかもしれないけどさ……大丈夫?」


「僕もすごく心配だよ」


 来週の日曜日。

 まだ遠く思えるけれど、どう考えても前途多難だ。そもそも僕、女の子とデートとかしたことないし。

 いわゆる、定番のデートスポットとかそういうのを調べておいた方がいいのだろうか。今のご時世、検索すれば大抵教えてくれるし。

 いや、そもそも僕がデートでどう振る舞うべきか、とかそういうことも調べておいた方がいいのかな。


 もう、なんだかわけが分からなくなってきた。


「ふーん……いずみんはさ」


「はい?」


「デート初めてなの?」


「両親や姉とはしたことがありますが」


「身内と女の子はカウントせずに」


「でしたら、初めてですね」


 何故そこでデート相手に両親を選ぶのか。

 というか、真里菜は現状デートが何なのかよく分かってないんだよね。遊びに行くイコール、デートという認識に間違いあるまい。

 まぁ、僕も定義を聞かれると困るけど。何をどうすればデートになるのかは分からない。

 とはいえ、『初デート』という事実に若干ながら胸が高鳴っている僕もいるわけだけど。


「ふーん……まぁ、そんなに奇を衒った場所に行かなきゃ大丈夫じゃない?」


「奇を衒った場所というのは、具体的にはどのような場所なのでしょう」


「市営体育館とか」


「勿論、既に貸されているコートには入りません。ですが、一般開放されているフロアならば良いのではないでしょうか。それほど整っている設備ではありませんが、ジムもありますし。軽く汗を流すのは悪くないのではないですか?」


 はて、と真里菜が首を傾げる。同時に、加奈子が呆れながら頭を抱えるのが分かった。

 もう、小学生どころか幼稚園児に教えているような感覚だろう。分かる分かる。昨日の僕がそうだった。


 というか、加奈子に何も聞かなければ市営体育館に連れてってくれるつもりだったのか。

 僕、運動苦手なんだけど。


「いや、えっとね……ほら、普通の場所でいいよ、普通の場所で」


「普通の場所?」


「ほら、一般的に行くとこ」


「学校ですか」


「なんで僕、日曜日に学校行かなきゃいけないのさ」


 そんなに学校好きじゃないんだけど。部活も入ってないし。

 はぁぁ、と大きく加奈子が溜息を吐く。僕も思い切り項垂れたい。


「……うん、いずみんに常識がないのは分かった」


「失礼な。常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う、とアインシュタインも言っているのですよ」


 ふふんっ、と胸を張る真里菜。

 何故そういう名言に詳しいのだろう。アインシュタインの言葉とか、僕知ってるの女の子と熱いストーブの話くらいだ。


「私はまだ17歳です」


「論点そこなの!?」


「あと一年かければ偏見のコレクションが出来上がるのです」


「僕にはその未来が見えない!」


 あと一年で、この子に常識が芽生えるとは全く思えない。

 むしろ一年後は、さらに悪化してそうな気がする。いや、そうならないために僕が頑張らなきゃいけないんだろうけど。

 なんだろう。これ恋人なの? それともヘルパーなの?


「ま、いいや。初デートだし千葉、それっぽいとこ行ってくれば?」


「いや、それっぽいとこって言われても……どこ?」


「一般的には遊園地とか水族館、映画とかあとは……動物園?」


「あー……」


 まぁ、そういう印象はあるのかな。

 遊園地とか水族館はさすがに遠いけど、動物園ならバスで行けばすぐだし。映画も街に行けばシアターがいくつかあったはずだ。

 まぁ僕、あんまり映画は見ないんだけどね。テレビでやってるのを見るくらい。料金高いし。


 だけど、そんな加奈子の言葉に。

 一際強く反応したのは、真里菜だった。


「ど、動物園……」


「え、いずみん、どしたの?」


「……動物園とは、つまり定義としては様々な種類の動物たちが檻の中に入れられて一生を過ごすのを入園料を支払った客が眺めるという施設のことを指すのでしょうか」


「言い方悪いけど、まぁそんな感じ」


「では武人、そこに行きましょう」


 なんか行き先が決まってしまった。

 だって、物凄くキラキラした目でこっち見てるし。うきうきした感じを隠せてないし。多分尻尾があったら今ぶんぶん振ってるし。


「あ……うん。じゃあ、行こっか」


「ええ!」


 決まってしまった、日曜日の予定。

 せめて、平和に終わることだけを願いたい。

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