第22話 三人での昼食

「あ」


 とりあえず目の前で、何やら和やかそうに亜由美と真里菜が喋っているのを聞きながら、ふと思い出す。

 そういえば、真里菜にメイクも施す予定だったんだ。服装を変えるだけで大きく変わったから、忘れてた。

 そしてメイク用品は僕の部屋にはない。当然、それがあるのは亜由美の部屋である。亜由美が起きたら、適当に理由でも作って持ってこようと思っていたのだ。


「亜由美、部屋入るぞ」


「なんで?」


 まぁ、当然の疑問だ。

 かといって「ちょっとメイク道具持ってくるから」と素直に答えるのも憚られる。それが何故かと聞かれても、答えに詰まるからだ。そもそも僕と真里菜の関係は、恋人とかそういう甘いものではなく女子力を高めたい真里菜と女子力を伝授する僕という、とても他者に説明が難しい関係なのだから。

 素直に答えていいものか――そう、僅かに悩む。


「まー、別にいーけど。あ、にーちゃん。ご飯まだ?」


「お前な……まだ十時半だぞ」


「おなかすいたしー」


「ったく……」


 いつも大体、昼過ぎくらいに起きるのが亜由美だ。だからこそ、僕もそれに合わせて昼食を作り置きしておくのがいつものことである。

 だけれど、今日は真里菜の件とか色々あって後手に回っていた。

 もう、今日は手抜きの昼食でいいか。

 とりあえず亜由美の腹を満たしてから、真里菜のメイクを開始するとしよう。どうせ昼食が終わったら、亜由美はゲームを始めるだろうし。


「それじゃ、今から作るけど……真里菜さん、良かったら食べていく?」


「あ、いえ。そこまでお世話になるわけにはいきません」


「まぁ、そんな大したものを作るわけじゃないよ。手抜きのお昼ご飯だし」


「ご安心ください。ちゃんとお弁当を持ってきています」


 あ、そうか。

 僕は二日ほどしか真里菜の食事を見ていないけれど、彼女は常に鳥ささみとゆで卵と玄米しか食べていない。高タンパクで低カロリーの食事を求めるのだ。

 代わりに、栄養分はサプリメントで補強しているとか言ってたし。僕が勝手にご飯を作って、栄養バランスが崩れても困るのだろう。アスリートだし。


「えっと、その中身は……」


「普段食べているものです」


「うーん……」


 僕としては、あまり好ましくない。

 食事とは、人生の楽しみの一つだ。僕はそう考えて、いつも亜由美や父が満足するように、でも栄養バランスを考えながら料理をするようにしている。

 無理して美味しくないものを食べる人生は、純粋に楽しみが一つ減るということだ。できれば、美味しいご飯を食べて、そんな食事の楽しみというのを知ってほしいものである。


 ううん、と少しだけ悩んで。

 それから、閃いた。


「えっと……ちょっとお弁当、出してくれる?」


「……ええ、勿論ながら私も何の対価もなく教えて欲しいと言うわけにはいきません。武人に師事を受けるために私の食事を求めるのならば、昼食を抜く程度のことは」


「別に僕お弁当取らないからね!?」


 僕が真里菜の弁当を求めているように思わないでほしい。

 むしろ、僕がこのお弁当をアレンジすればいいのだ。折角キッチンがある僕の家だし、そこで冷たいお弁当をもそもそ食べられるより、アレンジして温かいものを食べてもらう方がいいだろう。

 そうなれば、メニューは決まったも同然だ。


「それじゃ僕作るから、リビングで待ってて」


「はい」


「はーい」


 おずおずと渡してきた真里菜のお弁当を手に取り、そのまま一階のリビングへと降り、僕だけキッチンに向かう。

 亜由美は普段通りにテレビを点け、ゲームを起動させた。そして、それを興味深そうに真里菜が見ている。

 恐らく、前にやっていたのと同じ、ロボットのゲームをやるのだろう。亜由美はアクションゲームがあまり得意ではないのだけれど、好んでよく買ってくるのだ。勿論僕も、月に一本だけ買って良し、という制限はしている。その分、あまり面白くないゲームを買ってきてしまったときも一生懸命やり続けるのだ。


 さて、僕は料理の開始だ。

 真里菜のお弁当から玄米を取り出し、器に入れる。そしてもう二つの器を並べて、その二つには炊飯器から白米を突っ込んだ。器に入れた玄米は、そのまま電子レンジに入れる。

 電子レンジが電子音を奏でて、温めが終了したら少しだけ解す。勿論炊きたての米には及ばないだろうけれど、少しは違うはずだ。


「ぎゃー! また死んだー!」


「ふむ。特に外傷があるように見えませんが」


「上のHPバーがなくなったら死んじゃうのー!」


「生命力や体力はそのように数値化できないものだと思うのですが……」


「真里菜お姉さんゲームやったことないの!?」


「ええ」


 亜由美と真里菜がそんな風に話している声を聞きながら、次の手順に移る。

 僕が真里菜の弁当箱から取り出すのは、鳥ささみとゆで卵。ゆで卵は使いようがないため、そのまま我が家の冷蔵庫に突っ込む。夕食のときのサラダにでもトッピングして、彩りの一つになってもらうとしよう。そして代わりに取り出すのは、生卵である。

 鶏肉、卵、米――真里菜の弁当に入っているのは、この三品だけだ。

 そして同じものを使って作るものといえば、誰もが連想するに決まっている。


 親子丼だ。


 玉ねぎをざく切りにして、フライパンへ突っ込む。

 それを作り置きしてある冷蔵庫の出汁、醤油、味醂、料理酒、砂糖と合わせた調味料で煮込む。ちなみに、出汁はちゃんと鰹節と昆布で取ったものを冷蔵してあるものだ。とある家庭料理の専門家も、味噌汁の出汁だけは必ず手間をかけなければいけない、と著書で言っている。

 その間に鶏肉を二センチ角に切り、沸騰したフライパンの中へ。全体に火が通ったところで、真里菜の持ってきた鳥ささみを投入だ。既に火を通してある鶏肉を、さらに煮込むと硬くなってしまうのである。

 最後に溶き卵を全体に回し入れて、蓋をして短い時間強火で煮る。あまり煮込むと卵が固くなるのでおすすめしない。


 超手抜き、親子丼の完成である。


 それをまず、真里菜の鳥ささみが入っているゾーンだけを玄米の入った器へと盛る。

 残りは半分ずつくらいで、適当に僕と亜由美の分だ。久しぶりに作ったけれど、やっぱり丼ものは楽でいい。


「できたよー」


「はーい!」


「あ、はい……」


「わー! 親子丼だー!」


 料理に凝る方の僕であるため、親子丼は滅多に作らない。だけれど亜由美は好きなメニューの一つでもあるため、こんな風に喜んでいるのだ。いつも凝る側の僕としては、複雑な心境だけれど。

 真里菜は、僕が目の前に置いた丼を前に、固まっていた。

 なんだこれは、とばかりに。


「これは……」


「あ、うん。簡単で悪いんだけど、親子丼」


「え、ええ……名前は、聞いたことがありますが……」


「ご飯は持ってきてくれた玄米だし、使ってる肉も鳥ささみだから安心して。調味料は使ってるけど、別に塩分を気にしてるってわけじゃないよね? カロリーはほとんど変わらないはずだよ」


「そう、ですか……」


 真里菜がスプーンで親子丼を、持ち上げる。

 ちなみに亜由美は、余程食べたかったのか「いただきます」の一言も言わずに、もっしゃもっしゃ食べていた。まぁ、満足そうだから別にいいけど。

 そして真里菜が、僕の作った親子丼を口に運び。

 かっ――と目を見開いた。


「おい、しい……!」


「そっか。なら、良かったよ」


「武人、是非私に、この料理の作り方を教えてください!」


「うん。多分僕に聞くより検索した方が早いと思うよ」


 事実その通りである。レシピサイトの方が、僕より上手く説明してくれるはずだ。写真も載っているし。

 だが真里菜は目を見開きながら、二口目を口に運んでいた。


「これは、なんという革命でしょうか! 全く同じ食材だというのに、まるで違うもののように思えます! 美味しいのにカロリーが全く変わらないなんて!」


「あ、うん……」


「明日からお弁当はこれにします!」


「もうちょっと献立の選択肢を広げてもいいんじゃないかなとか僕思ったりするんだ」


 親子丼がオーケーなら、また別に丼ものを作ってもいいだろうし。

 まぁ、真里菜が満足そうだからいいか。


 そんな風に美味しそうに頬張る真里菜を見ながら、僕も親子丼を食べ始めた。

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