第21話 閑話:女子力低い系妹
千葉亜由美は驚いていた。
それというのも、実の兄である千葉武人のことである。妹である亜由美でさえ、たまに『お母さん』と呼んでしまいたくなるくらいに、女子力というかおかん力が物凄く高い。
まず家事に関してはパーフェクトで、料理をさせれば相当な腕前であり、お菓子を作らせれば絶品が出来上がる。洗濯や掃除も全て家のことは武人がこなしており、特に土曜日は亜由美の部屋も掃除してもらっているほどである。加えて家計の管理も完璧で、父である千葉
さらに見た目もそれなりに悪くないし、ファッションセンスは高い。休日になれば亜由美の化粧もしてくれるし、見た目のセンスは悪くないと思っている。今までずっと恋人らしい恋人がいなかったのは、きっと自ら作ろうというつもりがなかったからだ。
中学に上がる少し前くらいには、亜由美も友達を家に呼んでいた。勿論それは、足の踏み場もなくなった亜由美の部屋を、武人が綺麗に掃除してくれた後の土曜日午後だけである。そのときには、武人が手作りのお菓子とかを差し入れに出してくれるために、亜由美の友達は大体武人と面識があったりする。
その際に、「かっこいいお兄ちゃんだねー」と言われるのもいつものことだった。亜由美にとって、兄は誇りなのだ。
いずれは、可愛い彼女が家に来る日もあるのかなー、とか少しだけ思っていたりもしていた。
だが、まさか突然、これほど綺麗な彼女を連れてくるとは。
「改めまして、和泉真里菜と申します」
「千葉亜由美です。武人の妹です」
だが、亜由美にそう自己紹介をしてくる真里菜の姿を見て、改めて驚く。
後光が差しているかのように美しく、化粧気の一つもないというのに可愛すぎる。天が与えたもうた美しさの、その頂点にいるのではないかと思えるほどだ。
それに、その顔立ち――それはいつだったか、見たことがある。テレビの向こうで。
「あ、あの……ええと、真里菜お姉さんは」
「はい?」
「その……テレビに、出たことあるんですか?」
「ああ、はい。何度か」
「話しただろ、亜由美」
はぁ、と小さく溜息を吐いて武人が言ってくる。
何を話されたっけ――と、記憶力の悪い自分の頭を探ってみるが、特に何も浮かばない。そもそも昨日何を食べたかも覚えていない亜由美だけれど。
「ほら、うちの学校に柔道のすごい人がいるって」
「ああっ! うん聞いた! 将来はオリンピックで金メダル獲るかもしれない人!」
「確実とは言えませんが、そのために全力で努力しています」
「すごい! サインください!」
「はぁ……」
近くにあるA4用紙を勝手に取って、同じく油性マジックも勝手に取って真里菜へ手渡す。そんな亜由美の行動に、武人が僅かに眉をひそめるものの、特に何も言わない。
だって、色紙とか持ってないし。とりあえずこれでいいだろう。
真里菜は達筆に、その紙に『和泉真里奈』と自分の名前を書いた。
「私ごときのサインに価値などないとは思いますが……」
「すごい! 部屋に飾ります!」
「おいおい……」
武人が、呆れながらこちらを見てくるのが分かる。
だけれど、亜由美にとって人生で初めて出会った有名人である。タレントとか芸人じゃなくてスポーツ選手だけれど。もっとも、最近はスポーツ選手がそのまま芸能界に入ることも珍しくない。
それに加えて、これほどの美人だ。テレビの向こうで今後、何度も見かける日が来るかもしれない。
「真里菜さんは……にーちゃんと、付き合ってるんですか?」
「……付き合う?」
「えっと、恋人なんですか」
「そうです」
「違うから!」
真里菜が肯定して、武人が否定した。
一体これはどういうことなのだろう。
両方の意見に混乱しながら、とりあえず両方の顔を見る。
真里菜はひどく不思議そうに。武人の方は疲れ果てたように溜息を吐きながら。
「おや、違うのですか?」
「ち、違うよ……」
「ですが、先程言ったところの恋人の定義において、武人は私にとって恋人だと思われたのですが」
「いや、そうじゃなくてさ……」
なんだろう、この会話は。
亜由美には今まで、恋人がいたことは一度もない。というか、中学生ではまだ早いのではないか、と思っている。
好きな男の子ができたことも、未だに一度もない。クラスメイトなんかは武人に比べると子供に思えて仕方ないのだ。ブラコンと呼ばれるのは多少癪だけれど、そういうものだと思って差し支えはない。
だけれど、一応恋人の云々は知っているつもりだ。校舎裏とかに呼び出して、好きです付き合ってくださいみたいなやり取りを経て、交際に至るくらいのことは知っている。そこに定義なんかあるのだろうか。
ふと気になって、聞いてみる。
「真里菜お姉さんは」
「はい?」
「にーちゃんのこと、好きなんですか?」
「ええ、好意を抱いているつもりではあります。私はこの通り、あまり感情が顔に出にくいもので」
「こーいをいだ……?」
難しい言葉に、思わず首を捻る。
好きかと聞いたのに、その答えは「こーいをいだ云々」という謎の言葉だった。それは好きと解釈してもいい言葉なのだろうか。
「えっと、好きってことですか?」
「そうですね。好きです」
「ちょ、そんな、さらっと……」
武人が物凄く焦っていた。そういうやり取りは、今までなかったのだろうか。
「にーちゃんは」
「な、何だよ……」
「真里菜お姉さんのことが、好きなの?」
「そ、れは……」
答えにくい質問を、敢えてぶつけてみる。
そんな亜由美の質問に顔を真っ赤にする武人は、妹から見てもなんとなく可愛いと思える。ブラコン上等だ。
「べ、別に、嫌いってことは、ないけど……」
「……」
「で、でもさ、まだ知り合ってそんなに、経ってないし、そういうのは……」
「……」
「もうちょっと、こう、お互いのことを知る時間とか必要だし、それからだと……」
「ふーん」
妹である亜由美にはバレバレの態度だった。
やっぱり男というのは美人が好きなのだろう。顔面偏差値に対して求める基準が、女と男では大きく違うのだから。
だからこそ、女性に『お化粧』という文化が生まれたのだろうけれど。
「なるほど。では武人、その時間というのは、どれほど必要なのでしょうか」
「え、そ、それは……」
「ひとまず自己紹介をすべきだということは分かりました。和泉真里菜、十六歳です。誕生日は九月十六日のおとめ座で、血液型はB型です。趣味は柔道で、特技は一本背負いです。住所は……」
「い、いや、別にいいから!」
そんなやり取りを見ながら、亜由美は思った。
この人、なんか色々ずれてる。
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