第18話 お着替え
真里菜のあられもない姿は心の奥の方でお気に入り保存されて、ひとまず僕は後ろを向いた。
部屋を出ようと思ったのだが、「部屋の主人にそのような真似をさせることはできません」と強硬に真里菜が言い出したことで、同じ部屋にいることを余儀なくされてしまったのだ。
ごくりと唾を飲み込みながら、しかし音だけで後ろの光景が分かる。
「ふむ……では、これを着るということですね」
「う、うん。そう、だね……」
「むむ……少し、私には大きめでしょうか」
するり、するり、と衣擦れの音が聞こえる。
自分の後ろで女子が着替えているという状況に、僕の胸は高鳴りっぱなしだ。必死に意識しないように、意識しないように、と見飽きた僕の部屋の出入り口である扉を見続ける。鍵などかけることのできない木目の扉は、いつも通りにそこに鎮座しているだけだった。
蝶番のネジが一つだけちょっと緩んでいるな――とかどうでもいい発見をしながら、ひたすらに待つ。
「なるほど。ふむ……」
「お、終わったかな?」
「ああ、少々お待ちください。今からスカートを履きますので」
「うっ……! う、うん……」
今、真後ろでは下半身をあらわにしている真里菜がいる――その事実に、さらに胸が高鳴る。
するりと衣擦れの音がしているのは、今まさにスカートを履いているからだろう。その光景がリアルに想像できて、さらに想像が膨らむ。上の下着は白だったから下も同じなのかな、とか。
思春期の男子高校生にはいささか刺激が強すぎるそれに、僕はひたすらに耐える。
「終わりました、武人」
「う、うん。それじゃ……」
何もしていないのに、息が上がっているような感覚だ。あまりにも心臓に悪い。
ひとまず真里菜は終わったとのことだし、振り返る。
そこに立っていたのは、まるで湖畔に避暑へとやってきたご令嬢のような――真里菜の姿。
「このような感じになりましたが……」
「……」
「やはり、日常生活においてスカートというのは少々動きにくい部分がありますね。学校のもののように膝下くらいまでならば邪魔にもならないのですが、このように足首の近くまで覆われると動きが阻害される可能性もあります」
「……」
「まぁ、薄手ですので暑気については問題ないと思いますが……やはり、動くとなると暑いと思われます。あと、少しばかりスカートが大きめですので、ちょっと動くとずり落ちてしまうかも……武人?」
「……」
「武人? どうしましたか?」
正直に言おう。僕は目を奪われていた。
和泉真里菜が、とんでもない美少女だということは知っている。切れ長の眼差しに、白磁のような肌。すらりと通った鼻筋に、桜色の唇――神が完璧な造形を与えたならば、こんな形になるだろうと思えるくらいの、そんな完全にして完璧な顔立ちである。
だが、それに服装が付随すると、ここまで印象が変わるものなのだろうか。
ひらひらとした黄色のフレアスカートと、青と白のストライプが描かれたトップス。この二つが、明るくもしかしどことなく静穏な印象を抱かせる。さらにその上に羽織った白のカーディガンが、まるで深窓のご令嬢のような雰囲気を醸し出しているのだ。
普段の制服姿での怜悧な印象とも、柔道着姿での緊迫した印象とも、また違う。
これでつばの広い白の帽子でも被っていれば、完全に避暑地のご令嬢だ。
だから自然と。
僕の口は、動いていた。
「……綺麗だ」
「え……」
服装だけでも変えれば、少しは違うと思っていた。
だけれど、これほど大きく変わるなんて。僕はどうやら、服というものを思った以上に見誤っていたらしい。
そんな僕の唇が紡いだ一言に、真里菜が戸惑うように顔を伏せる。
「え、え、ええ……き、綺麗な、服、だと……はい、わ、私も、そう思います、ええ……」
やはり、僕の考えは間違っていなかった。
和泉真里菜という美少女は、とんでもなく輝くダイヤモンドだ。飾れば飾るほどに、その光は輝きを増すことだろう。
ただジャージからおしゃれ着に着替えただけで、これほどまでに印象を変えるのだ。これで、自身が綺麗になる努力を重ねれば、どれほど美しくなることだろう。
「真里菜さん」
「は、はい……?」
「次! 次を用意するから、それも着てみて!」
「へ……?」
急いで、部屋から出る。
タブレットの電源を入れて、再び女子のおしゃれ着を確認だ。先程用意したのは、真里菜に似合いそうな清楚な服装である。
だが、もう少し冒険した場合はどうなるのか――僕の探究心が、めらめらと燃え上がっていた。
物置に段ボールで置いてある、姉さんの服を取り出しては並べて確認する。
そして見つけたのが、デニムのホットパンツだ。太腿を大胆に出しながら、しかし上に羽織るのは白のペプラム・トップスに黒のジャケットだ。上半身はやや固めに、しかし下半身は大胆に――こんなコーディネートなら、どのように映えるのだろうか。
敢えて自分の中で想像せずに、そのまま僕は部屋に戻る。
「次、これ着てみて!」
「は、はぁ……こちら、ですか?」
「うん! 僕は次を探してくるから!」
「え、ええ。分かりました」
真里菜が着替えを始めると共に、僕も再び外に出て物置へと向かう。
あとは何が似合うだろう。真里菜の顔立ちと髪型を考えながら、ひたすらに服を探る。やはり姉が置いていったものなので、あまり良いものは残っていない。
姉さんもやっぱり、着回しが楽そうなものを主に持っていって、単一のコーディネートしかできそうにない服ばかり残しているのだ。それでもまだ、服がこれだけ残っているというだけでもありがたいけれど。
いつかは亜由美が着るかもしれない――そう思って、残しておいて良かった。
さらに次の合わせるコーデを確認して、物置から僕の部屋へと戻る。
既に真里菜は着替え終わっているようで、ホットパンツからすらりと伸びた長い足と可愛らしく裾の広がったペプラム・トップス、しかしそんな可愛らしさをかっちりと抑える黒のジャケットという形で、なんとなく小悪魔ちっくな姿に仕上がっていた。
さらに、僕の心臓は跳ね上がる。
予想以上だ。これほどまでに、服だけで印象が変わるとは思わなかった。
「うん、可愛いよ!」
「そ、そうでしょうか……その……」
「自分で見てみて! どうかな!」
姿見で、真里菜に自分の姿を確認してもらう。
強いて言うならば、ホットパンツから伸びた足が鍛えられた筋肉だということが問題だろうか。まぁ、それについては鍛えているのだから仕方ない。筋肉を減らせというわけにはいかないし。
つまり、あまり肌を露出させないような形でコーディネートするべきなのだろう。薄手のカーディガンを羽織るとか、タイトなパンツにするとか、色々と手段はある。
「わ、私には、自分が似合っているのかよく分からないのですが……」
「いや、似合ってるよ。本当に似合ってる。すごく綺麗だと思う」
「そ、そんな……」
真里菜が顔を真っ赤にして、伏せた。
元々綺麗な真里菜だから、この程度の賛辞なんて慣れていると思っていたけれど、思いの外言われていないみたいだ。
まぁ見た目が綺麗ということよりも、その柔道の実力の方が評価されてきた人生なのかもしれない。
「じゃあ、次なんだけど……!」
「は、はぁ……」
次第に僕も興奮してくる。
僕が選んだ服でより美しくなってゆく真里菜を見るのが、なんとなく楽しくなってきて。
「それじゃ、次は……」
僕がそんな風に、次の服に手を伸ばして真里菜へと渡そうとして。
その、次の瞬間に。
「にーちゃん! うるさいんだけどー!」
そう、僕の部屋の扉が思い切り開いて。
寝起きの、パジャマ姿の亜由美がいきなり、僕の部屋へと入ってきて。
「え……?」
「は……?」
「ああ、どうも。妹さんですか?お邪魔しています」
そんな亜由美と。
今まさに、僕の持ってきた服を着ようと上の服を脱ごうとしている真里菜の。
目が合った。
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