第11話 女子力とは
「……」
何気なく加奈子が言ったそんな言葉に、真里菜が目を見開く。
それは、女子力向上という目的を持つ真里菜に対しては、決して言ってはいけない言葉だ。柔道を友とし、柔道を伴侶とし、柔道と共に生きてきた真里菜にとって、地雷どころか鬼門の言葉だとさえ言っていい。
あまりにも自然に言ったせいで、全く止めることができなかった。
「か、加奈子……」
「んー。おいしー!」
「い、いや……って僕のクッキー食べないでよ!?」
「いいじゃーん」
しかし、当の本人はそんなことに気付いていないようで、僕のクッキーを極めて自然かつ当然のように口に運んでいた。
ふるふると、食事を摂っていた真里菜の手が震えて止まっている。
そして、柔道において日本一強い女子――その貫禄が分かる、鋭い眼差しで加奈子を睨みつけた。
「江藤……」
「ふえ? どったの?」
「今、何と言いましたか……?」
「は? 柔道部ってだけで女子力マイナスってこと?」
「なるほど……私の聞き間違いではなかったのですね」
箸を置いて、真里菜が加奈子を問い詰める。
全くその意図が分かっていない加奈子は不思議そうに、やっぱり僕のクッキーを齧っていた。その空気があまりに重く、まるで火花が散っているかのようで、口を挟むことができない。
まるで、ここが戦場であるかのように。
「説明を求めます。柔道部だというだけで女子力がマイナスに傾く、というその言葉の意味を」
「へ? 言ったまんまだけど」
「私は武人を師とし、己の女子力向上を行う覚悟を決めています。そのためならば、どれほどの苦難にも耐える心算です。必要があるならば、百人でも二百人でも投げ飛ばしてみせましょう」
そんな必要は全くない。残念ながら真里菜はまだ、女子力をちっとも理解していないらしい。
そして、そんなやや斜め上に走った真里菜の発言に、加奈子が行ったのは呆れ顔で肩をすくめるだけだった。
何も分かっちゃいない――とでも言うかのように。
「あのさー、いずみん女子力って分かってる?」
「勿論です。いかに女子らしいか、輝く生き方をしているか、という力です」
「んじゃ、あたしの言うこと分かるっしょ?」
「いいえ」
真里菜と加奈子の間に、火花が散るのが分かる。
僕ならば睨まれただけで、震えてしまうと思うほどの迫力。しかし、加奈子もまた全国最強である栄玉学園柔道部の一員だ。その程度の真里菜の迫力で、揺るぐほどの可愛らしさは持っていないということだろう。
むしろ、飄々とそんな真里菜を受け流しているかのように思える。
「あたしら、これでも花の女子高生よ? JKよ?」
「じぇえけえ……?」
「でも学校帰りにカフェとか買い物とか行くでもなく、道場に行ってむさいおっさんの指導受けながら必死に練習して、汗だくになってぜぇぜぇ言いながら着替えて暗い夜道を帰る青春よ? 畳の上でおしゃれの欠片もない柔道着着て、女子らしくない雄叫び上げて戦うあたしらにさ、女子力なんてあるわけないじゃん」
「……」
加奈子の言いたいことは分かる。
確かに、女子力が高いといえばそういうイメージだ。彼氏がいるから頑張っておしゃれをするとか、友達と買い物に行ってかわいー、とはしゃぐとか、新しい服や化粧品が発表されたら試してみるとか、そんな感じだ。
沈黙しながらも、しかし加奈子を睨み続ける真里菜に、さらに加奈子は肩をすくめた。
「大体さ、いずみん」
「……何ですか」
「コーチがもしも試合の後に食べ放題の焼肉奢ってくれたら、どうする?」
「一人で鳥ささみを食べ続けます。塩胡椒で」
おそろしくシンプルで、彼女らしい答えだった。
しかし、奢りの焼肉か。僕はそれほど肉が好きじゃないので、多分サラダバーの方を主に見て回ると思うけれど。
もしもそこに真里菜が一緒なら、彼女の分のサラダも用意するだろう。肉ばかり食べていても脂っこいから、少しは野菜が欲しくなるだろうし。
あ、カロリーが気になるって言っていたから、あまり油分の多いドレッシングは避けた方がいいか。ノンオイルのドレッシングを選んで、少なめにかける感じかな。
そんな風に僕の考えが斜め上に行っている途中で、加奈子が首を振った。
「違う、違うんだよ、いずみん」
「な、何故……!?」
「もしも千葉なら……きっと、開始と共にサラダバーに行く!」
「なっ……!」
「何で分かんの!?」
僕、思念を周りに放出する能力とか持ってないんだけど。
だけれど、そんな僕を嘲笑うかのように加奈子は僕を指差す。人を指差してはいけませんと習わなかったのだろうか。
「千葉なら、きっと肉ばかり食べているいずみんのことを心配して、少しは野菜も食べなきゃいけないよ、ってサラダを取ってきてくれる。で、肉ばっかり食べてるいずみんがちょっとさっぱりしたものが欲しくなったとき、絶妙にその場にサラダがあるんだよ!」
「なっ……何故っ……!」
「しかもいずみんのことを考えて、ノンオイルドレッシングとか選んじゃう気遣いも持って!」
「だから何でそこまで分かるの!?」
僕の考えってそれほど読まれるのだろうか。感情が表情に出やすいとかないよね。
そんな加奈子の言葉に、真里菜が「くっ……!」と何故か俯いた。
「何故なら……それが、女子力だから!」
「それが、女子力……!」
「大皿で来たサラダを、全員分小皿に率先して分けちゃうようなタイプが、女子力高い女子!」
「私は、まだ女子力のことを分かっていなかった……!」
何故か真里菜が敗北感に溢れている。
確かに論破されているように思えるけれど、それはそれで個人の意見なのではなかろうか。
というか、最初にサラダバーに行くのって女子力高いのだろうか。僕、野菜大好きなんだけど。
だが、そこで真里菜が顔を上げる。
「江藤……あなたは何故、そこまで分かっているのですか……」
「や、だって女子力ってそういうもんじゃない?」
「ならば、江藤も女子力が高いということですか!?」
「うんにゃ、あたし低いよ」
「……どういうことですか?」
ふぅ、と何やら疲れたように、加奈子がお茶を飲む。
女子力云々について語った直後に、飲んだ後にぷはーっ、と言うのはどうなのだろう。女子高生がやっていい仕草ではないと思うのだけれど。
「江藤は女子力についてよく知っています。だというのに、何故女子力が低いのですか」
「うん。だってやる気ないもん」
「なっ……!」
「だって、あたし焼肉行ったら全力で肉食べるもん。サラダなんかいらない。さっぱりしたの欲しくなったら、適当に取るし。多分誰かが用意してくれるから、それ食べる」
そう。
こういう奴がいるから、僕みたいなタイプが勝手にサラダを用意するのだ。肉ばかり食べ続けて、脂っこい口の中をサラダでさっぱりしたい気分って絶対にあるし。
……。
僕と加奈子って、実は相性いいのだろうか。
「いずみん、それを狙ってやるのは簡単なんだよ。女子力高いアピールをするのはね、誰でもできるの」
「それは、どういう……!」
「だってのに、千葉は違うんだよ。あたしのように、女子力を知っているだけじゃない……本能的に、それができちゃう女子力男子なんだよ!」
「なんと……!」
「褒めてるのか貶してるのか分からないんだけど!」
そんな会話をしながら、昼休みは過ぎてゆき。
結局僕に残ったのは、周囲の「へー。千葉くんってそんな女子力高いんだー」という好奇の目だけだった。
加奈子め、覚えてろ。
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