第12話 休日のルーティンワーク

 土曜日。

 週休二日制という素晴らしい特権階級にいる僕は、当然ながら休みである。

 まぁ、休日だからといってさほど休めるわけではないのだけれど。亜由美の朝食も作らねばならないし、洗濯もしなければいけないし。

 そして、休日にやることといえば決まっている。


 掃除だ。


 基本的には毎日、ある程度はやっている。だけれど、家の隅々までちゃんとやっているか、と言われると否である。

 何故なら、平日は僕が入ることのできない空間――亜由美の部屋があるからだ。

 土曜日にまとめて亜由美の部屋を掃除するのも、僕の仕事である。


「おあおー、にーたん」


「おはよう、亜由美」


 普段は昼くらいまで惰眠を貪っているはずの亜由美だが、昨夜に聞いていた。今日は友達と出かけるのだ、と。

 黙っていればそれなりに可愛らしい妹であるため、男関係かと思ったが残念ながら女の子だけらしい。彼氏の一人でも作って落ち着いてくれたら、僕も気が楽になるのだけど。


「約束は何時だ?」


「十時……ふぁぁ……」


「とりあえず着替えだけしておいてくれ。後から行くから」


「ふぁーい……」


 歯を磨いて、半目のままで僕の作った朝食をもそもそと食べる亜由美。普段から、朝はいつもこうだ。血圧が低いのだろう。

 これだから運動神経はいいというのに、「朝練があるから」という理由でテニス部を退部した経緯もある。ちなみにテニスと感覚が似ているから、という理由で中学二年生から卓球を始め、県大会で割と上位になった成績を持つのだから人間不思議なものである。

 その運動神経が少しでも僕にあったらな、とは思わないでもない。


 そんな風にのろのろと亜由美が支度を済ませている間に、さっさと掃除を済ませることにする。

 特にキッチン周りは、普段から清潔に使っているつもりではあるけれど、それでも水垢や汚れがあったりするのだ。しっかりと漂白剤を用いて掃除をしなければならない。さらに排水溝のヌルヌルも、僅かにすら残すまいと擦り落とす。

 家を一つ掃除しようと思うと、割と時間がかかるのだ。さらに僕の場合は拘ってしまうので、尚更時間がかかってしまう。


「ごちそうさまー」


「ん。食器は置いといて。洗っておくから」


「うんー……」


 ふらふら、と覚束ない足取りで部屋へ向かう亜由美。

 あれは多分、二度寝するな――そう思うけれど、敢えて何も言わない。自業自得というやつだ。


 さて、そんな僕はさらに掃除の続きだ。

 テレビの上や戸棚の上など、埃が溜まりやすいところをさっと一拭きし、窓の桟、テーブルの上など上から下に向かって掃除を続ける。昔の人は埃落としでぱたぱたやっていたらしいけれど、今はさっと一拭きすれば全部すくい取ってくれるから便利なものだ。

 そして、最後に全体に掃除機をかける。

 この掃除機も年代物で、母が亡くなる前から使っていたから十年以上も我が家のゴミを吸い取ってくれている。さすがに随所にガタが来ているため、新しい掃除機が欲しいというのが本音だ。

 今度、父に吸引力の変わらないらしい掃除機を買ってもいいか聞いてみよう。


「ふぅ……」


 そう考えながら、思うのは明日のこと。

 明日は日曜日だ。誰に聞こうとも、そう答えるだろう。


――次の日曜日、空けておいて下さい。いつも通りの朝練を終えたら、武人の家に行きます。


 真里菜の、そんな言葉を思い出す。

 僕の家に女子が来たことなど、未だかつて一度もない。強いて言えば亜由美の友達が来たくらいだが、その程度だ。そして亜由美が友達を呼ぶのは、常に僕が掃除をした後の土曜日午後と決まっていた。

 そういえば、あのときやたら懐かれた女の子がいた。最近全く遊びに来ないけれど、元気にしているのだろうか。

 まぁ、そんな感じで僕の家に女子が来ることなど、滅多にない。そんな滅多にない訪問が、ついに明日に控えているわけだ。


 どうしよう。

 とりあえずクッキーくらいは焼いておいた方がいいだろうか。気に入ってそうだったし。


「よし」


 とりあえず一階の掃除を終えて、二階に上がる。

 二階にあるのは僕の部屋と亜由美の部屋、そして物置代わりに使っている空き部屋の三つだ。父は「書斎だ!」と言って譲らないけれど、夏になればストーブとコタツが仕舞われる場所を書斎とは呼ばない気がする。

 そんな亜由美の部屋の、扉を叩いて。


「亜由美ー、入るぞー」


「……」


「入るからなー」


 とりあえず、了承はとった。何を言われようとも問題ない。

 どうせ二度寝しているのだろうし――そう思いながら、部屋に入る。

 やはり僕の予想は正しく、布団は盛り上がってその中で静かに亜由美が寝息を立てていた。


「亜由美」


「……あと、ごふん」


「僕は別にそのままでもいいんだよ。してくれって言ったのはお前だからな」


「……」


「いらないなら僕は帰るから」


「……いるー」


 うー、と恨みがましそうな目で、亜由美が布団から出てくる。

 眠そうな目だが、しかし時刻は既に九時。約束の時間まで一時間を切り、行くまでの時間を考えればギリギリといったところだろう。

 どうしてこれほど、朝が弱いのだろう。僕なんて何もしなくても六時には目が醒めるのに。


「はい、それじゃ座って。終わったらちゃんと着替えるんだぞ」


「うんー……」


「よし」


 亜由美を自分の椅子に座らせて、学習机(とはいえ、学習している姿は見たことがない)に僕も背中を預けて、そこに置いてある小瓶類を見る。

 そろそろ、色々買い足さないといけないかもしれない。僕一人で行くのは、ちょっと勇気がいるのだけれど。

 毎週毎週、面倒なことだ――。


「じゃ、目閉じて」


「んー」


 亜由美が中学校に上がって、休みの日に友達と遊びに行くことが多くなった。

 そして最近の女の子は早熟で、中学生にもなると、割と大人びたがる性質があるらしい。だからこそ、色々と当時に買い揃えた。

 しかし絶望的に手先の不器用な亜由美は、自分でできないのだ。だから、僕がやるしかないのである。

 甘やかしている、と言われたらそれまでだけど。


「じゃ、最初は化粧水からな」


「ふぁーい」


 僕が休日に、出かける前の亜由美にやっていること。


 それは――お化粧である。

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