第9話 女子力低い系妹

「ごちそーさまー。んじゃにーちゃん、ゲームしよう!」


「洗い物と風呂掃除が終わったらね。先に始めててくれ」


 食事を終え、嬉しそうに僕に見せてくるのはゲームソフト。

 特に今亜由美がはまっているソフトであり、自分で色々なロボットのパーツを購入したり入手したりしてカスタムし、様々な武装を装備してリアルタイムのミッションに臨む、というゲームである。

 基本的には一人プレイで行うゲームだが、一応対戦プレイなどもできるようになっている。協力プレイはない。

 つまり基本的には亜由美のプレイを見ているだけ――それが亜由美の言うところの、「ゲームしよう」なのだ。

 まぁ僕としても、ただ見ているだけでいいから気楽なものだけれど。

 手早く洗い物を終え、風呂を掃除する。

 スイッチを入れて風呂を沸かし、それから今度はキッチンへ。


「ぎゃー! また死んだー!」


 亜由美の後ろ姿とゲーム画面は、キッチンから見ることができる。つまり、僕はキッチンにいても「一緒にゲームをしている」ことになる。

 さて、それじゃ趣味の時間といきますか。

 亜由美からすれば、僕がゲームを見える位置にさえいればいいらしく、特に文句は言ってこない。だからこそ僕も、こうやって趣味にひたれるわけだが。

 昨日まで、僕はいかに安く濃厚なチーズケーキを作ることができるか、を命題にしていた。

 それも大分、良くなってきた。クリームチーズと生クリームの代用は、随分上手くいってきたと思う。


 ならば僕が次に作るべきは。

 そこで思い出すのは、真里菜の言葉。


――食事の美味い不味いに拘りはありません。体に良いものであれば何でも食べますし、どれほど美味しくても体に悪いものは食べません。


 これは、僕に対する挑戦なのではないか。

 一般的にお菓子というのは、カロリーが高く脂質が多い。アスリートには向いていないと言えるだろう。

 それも、食事内容すら高タンパク、低カロリーを徹底している真里菜は、お菓子というものを食べたことがないのではないか。そうとさえ思える。

 ならば僕が、栄養豊富でカロリーの低いお菓子を作れば、彼女も食べることができるだろう。


「にーちゃん、これどっちがいいかなー?」


「赤の方が似合うと思うよ」


「ん。にーちゃんが言うなら赤にする」


 赤と黒の武器を指差しながら聞いてきた亜由美に、そう返事をする。割と適当な返事だったけれど、亜由美は素直に赤の武器を装備していた。

 さて、では考えてみよう。ヘルシーかつ栄養満点。

 栄養満点については、栄養学を学んでいないために見当がつかない。ならば、ヘルシーな方を優先しよう。

 ヘルシー、お菓子、をキーワードにスマートフォンで検索する。すると出てくる出てくる、日本中のお菓子職人が作ってきた様々なヘルシーお菓子。

 その中に一つ、これならいける――そう思えるものがあった。

 材料はある。以前に購入したものがまだ残っているはずだ。

 だが、これだけでは甘みが出せない。

 そこでレシピを閉じ、考える。

 いかに、ヘルシーなままで栄養を加えるか。


「よし」


「あ、にーちゃん見てた? すごいよー、うち。勝ったよー!」


 お菓子について考えて、つい呟いたのだが、どうやら亜由美も同じタイミングでゲームに勝利したらしい。

 そこで、風呂の沸く音。


「んじゃ亜由美、風呂入ってこい」


「えー……まだゲーム」


「風呂から出てすればいいだろ」


「あーい」


 むすーっ、という擬音でも出そうな感じで、風呂へ向かう亜由美。

 その間に僕の方はというと、冷蔵庫から取り出した材料たちを混ぜ、真里菜へ渡すためのヘルシー菓子作成に取り掛かる。

 材料は豆腐、薄力粉、ベーキングパウダー、それに小豆だ。

 豆腐を使うことにより牛乳、卵を使わず低カロリーに抑える。そして脂質が少なくビタミン、ミネラルが豊富な小豆により甘みを出す。


 低カロリー豆腐クッキーだ。

 まず、小豆を茹でる。今回は粒餡としての扱いだ。茹で上がった小豆を上げ、ビニール袋にレンチンして水抜きをした豆腐、薄力粉、ベーキングパウダーと共に混ぜる。

 そのまま――上下に振る。

 ただボウルに入れて混ぜるよりも全体的に攪拌され、より上手く仕上がる。上下に振るのが飽きたら横でもいいし、回してもいい。

 ある程度攪拌された時点で中身を出し、今度は成型だ。

 クッキングシートを敷いたトレーの上に広げ、麺棒で全体を薄く延ばし、あとは適当な成型具で形を整えるだけだ。

 全部をある程度整え、オーブンに入れてセット。

 百八十度で十分セットして、そこで亜由美が風呂から出てきた。


「出たよー。あれ? にーちゃんまた何か作ってんの?」


「ああ、今日はクッキーだ」


「マジ? うち焼きたて食べていー?」


「別にいいけど、食べ過ぎるなよ。明日渡すんだから」


「あ、そーなんだ?」


 ふーん、と言いながら、亜由美が意味ありげに僕を見る。

 僕がお菓子を作るのはいつものことであるため、特におかしいことはないはずなのだが。

 じー、と亜由美が僕を見据えて。


「うん、やっぱいつもと違う」


「何がだよ」


「いつもだったらにーちゃん、あんま食べるなよー、太るぞー、って言うもん」


 ……。

 確かにそうかもしれない。

 今日作ったのは低カロリーだから、別に食べてもそこまで問題ない。そうなれば際限なく亜由美は食べるだろう。

 そういった無意識が、自動的に作用したのだろうか。


「……今日のクッキーは低カロリーなんだよ」


「マジ? 全部食べていー?」


「駄目だって言ったろ。明日、人にあげるんだから」


 ったく、と言いながら、僕も風呂へ向かう。

 なんか変な汗が出てきた。

 しかし、どうやら僕に対する疑念は晴れないらしく、亜由美は未だに僕を見ていた。


「ふーん」


「……何だよ」


「別にー。にーちゃん、その子にそんなにもあげたいんだなー、って思って」


 亜由美の言葉に、どきん、と心臓が跳ねる。


「う、うるさいな!」


「いーじゃーん。うちも恋したーい」


「恋する前に部屋掃除しろ! つか、もって何だよ! 僕は別にそんなんじゃないよ!」


 からかってくる亜由美を拒むように、風呂へ向かうのは若干の早足だった。

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