第5話 女子力に対する誤解
「ちょ、ちょっと待って?」
「はい?」
真里菜が言っているのは、明らかに外見の筋肉であり女子力ではない。
僕の知っている女子力と違う。
ちょっと、整理をしよう。
「……ええと、真里菜さん。多分、君が思っている女子力は、女子力じゃない」
「そうなのですか?」
何も疑問も抱いていないように、そう首を傾げる真里菜。
だけれど、その言葉は圧倒的なまでに女子力というものを誤解している。
「ふむ。一生懸命考えたのですが、違いましたか。ですが、他に私に足りない力などない、と思うのですけれど。では武人、具体的に女子力というのは一体何なのですか?」
「え……」
具体的に、と言われても。
僕の考える女子力というのは、可愛い物を見てはしゃぐような動作であったり、メイクや髪の毛のセットをきっちり行っていて身だしなみが整っている様子であったり、あとは料理とか掃除ができるとか、その程度しか思わないのだけれど。
しかし、他にも色々と女子力に値するものは存在するだろう。その全てを網羅している女子など、存在しないほどに。
「ええと……その、女の子らしさ、かな?」
「女子らしさ、ですか?」
「うん。何て言えばいいんだろう……可愛さとか、綺麗さとか、あと、気が利くとか、料理ができるとか? その、世間一般の男が求める女の子らしさ、っていうのが、女子力なんだと僕は思うんだけど……」
真里菜はそんな僕の言葉に、首を傾げる。
何やら考えるように眉根を寄せ、そしてそれから、僕を見た。
「それは柔道の何の役に立つんですか?」
「多分立たないよ?」
女子力が柔道に活かせる、という話など聞いたこともない。
というか、柔道をしている時点で女子力マイナスに傾いてる気がする。
「では私は、何のために女子力を高めればいいのですか!」
「それ僕が聞きたい! 切実に!」
女子力を高めるのは、柔道に活かすため。
しかし、柔道に女子力は役に立たない。
つまり、女子力を高める必要はない。
はい、終了。
「ええと……じゃあ、僕にもう用はない、ってことでいいかな? 女子力、高めなくてもいいんでしょ?」
「……むむ」
本気で悩んでいた。
腕を組み、足を止め、顔を伏せて、唸る真里菜。
一体何を悩んでいるのか、全く分からない。もう僕に用事なんてないだろうに。
「じゃ、僕は……」
「いえ、私が女子力を高めることには変わりありません」
「……はい?」
柔道の役に立たないのに?
真里菜はそんな疑問を顔中に浮かべているであろう僕に向けて、続ける。
「つまり私は女子力、女の子らしさが低い、と言われたことになります。これでも私は高校二年生女子です。女子であるのに女子らしくない、というのはこれは侮辱に他なりません。実の姉が相手であるとはいえ、他者に舐められるわけにはいかないのです」
「……いや、どういう」
「確かに私はこれまでの人生、柔道を趣味とし柔道を特技とし柔道を友とし生きてきました。普通の女子とは少々異なることはあるでしょう。しかし、それでも私が女子であることには変わりないのです」
一周回って、何を言っているのか分からない。
つまり結局、女子力が低いと言われたことに、プライドを刺激されたということだろうか。
確かに柔道においてほとんど敗北したことのない真里菜にしてみれば、他人に負けているという事実が腹が立つのかもしれない。例えそれが女子力という分野の違うことであっても。
「それに……加奈子の言葉からすれば、武人は私よりも女子力が高いということになります」
「いや、それ勝手に加奈子が言ってるだけ……」
「女子である私が、男子である武人よりも女子力が低いなど、あってはならないことでしょう」
うん、と真里菜は頷いて。
どうやら自分の中で結論がついたらしい。
「さて、では話を戻しましょう」
「始発駅から脱線してる話をどこに戻すのさ……」
そんな僕の言葉は華麗にスルーされ、真里菜は一気に述べる。
「私は女子力を高めたいのです。ですが、柔道の練習というのは存外拘束時間が長いのです。毎日部活で練習を終え、帰る時刻は七時を超えます。加えて、月水金は警察署に夜間練習に行っており、火曜と木曜は家の柔道場での夜間練習がありますので、全く空きません。土曜日は朝から夜七時まで練習があります。ですので私の空いている時間というのが、土曜の夜の七時以降か、もしくは日曜日くらいなのです」
その過密すぎるスケジュールは、さすが柔道日本一といったところか。
私生活をそれだけ犠牲にしなければ、スポーツにおいて日本一になることなどできない、という証左かもしれない。
で、それを僕に述べてどうしろと言うのか。
「……大変だね」
「自らが望んでやっていることですので、苦ではありません。強いて言うならば、学生の本分は学業である、という考えからすれば勉強に与える時間が全く取れないことが問題ですが、特待生は追試を免除になりますので。端的に言えば、テストを白紙で出しても進級できます」
真面目なんだなぁ、というのが聞いているだけでも分かる。
それだけ真剣に柔道に取り組み、その上で結果を出している。並大抵の神経では、無理な所業だと言えるだろう。
と、そう話しているうちに、僕の家の前まで到着した。
「ああ、僕ここだから」
「ここが武人の家なのですか?」
「あ、うん。学校から歩いて五分だから、かなり近いんだよ」
「分かりました」
僕の家――厳密には父さんの家だが――をまじまじと見てから、改めて真里菜は僕に向き直る。
「そういうわけですので」
「?」
「次の日曜日、空けておいて下さい。いつも通りの朝練を終えたら、武人の家に行きます」
「……はい?」
それでは、と背を向け。
僕の了承も取らずに、去ってゆく。あまりにも事務的に決定事項を伝えられたために、逆に何も言えず、僕は真里菜の背中を見送るだけだった。
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