第4話 彼女の思う女子力
「先日、姉に言われました。『あなたには女子力が足りない』と。確かに私の力はまだまだかもしれませんが、柔道において全国大会で優勝してますし、一般的な女子よりは強い自信があります。しかし柔道に興味のない私の姉からそのように言われるということは、明らかに私にその力が足りないのでしょう」
「……はぁ」
僕の隣で、そう喋りながら帰路を共にする真里菜。
これは一体、どういう状況なのでしょうか。誰か説明してください。あと、肘の皮ってどんなに抓っても痛くないんだね。
普通に頬を抓ったら痛かったよ。
「そこで、何であれ力であるならば追求する必要がある、と考えました。そこで柔道部の副主将である江藤に相談をしたのです。私が女子力を高めるためにはどうすれば良いか、と。すると、最も女子力の高い人として紹介されたのが千葉君だったのです」
「…………はぁ」
僕の脳裏に、笑う加奈子の姿が過ぎる。
何を吹聴してくれちゃってるんですかねーっ!?
そんな僕の内心の焦りには気付いていないのか、真里菜は変わらない調子で続ける。
「正直な話として、女子力を求めたのに男子を紹介されたことに少々の困惑を抱いておりますが、それでも私としましては女子力を高めたいことには変わらず、不躾ながらこうやって千葉君を待っていた次第です」
「………………はぁ」
もう、なんか全てが理解に苦しむ内容だった。
女子力。
何度も聞いたことあるし、何度も言われた言葉。だが、それを人に教える、となると一体何をどうしていいか全く分からない。むしろ、それは教えられるものなのだろうか。
僕自身は、僕の女子力が高いとは全く思っていない。というより、女子力の高い男というのはオネエ系になるのではないか、と思ってしまう。だから加奈子が褒め言葉として女子力が高い、と言ってくるのに、若干の抵抗を覚えてしまうのだ。
「ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。和泉真里菜と申します。半年ほど前にクラスが同じになりましたが、あまり話したことはありませんし、私のことはご存じないと思いますが」
「いや、多分知らない人いないと思うよ」
「? そうですか。でしたら自己紹介の手間が省けて重畳です」
和泉真里菜を知らない人は、多分栄玉学園全体において誰一人いないと思う。それが中等部を含めたとしても、いないだろう。
それだけ彼女は有名人であるし、美少女だ。
僕を知らない人間なんて、多分クラス内ですら存在している可能性がある。それに比べれば雲泥の差だ。
「では改めて――私に、女子力を教えていただけますか?」
「……えっと」
教えてくれ、といわれても何を教えればいいのだろう。
というか、真里菜は根本的に女子力を何か勘違いしている気がする。
「あのさ、和泉さん」
「ああ、真里菜で結構です。よそよそしい言い方をしないでください。クラスメイトですし」
と、さらりと名前呼びの許可を頂いたはいいものの。
もし人前で呼んだりしたら、和泉真里菜非公認ファンクラブからの袋叩きに遭う可能性すらある。
「いや……女の子の名前をそんなに簡単に」
「江藤のことは名前で呼んでいると聞きましたが」
紳士的に断ろうとするけれど、既に外堀が埋まっていた。
どれだけ僕のことを話していやがる、加奈子め。
「……分かったよ、真里菜さん」
「さん付けも必要ありませんが」
「こればっかりは無理だから、勘弁してほしいんだけど」
さすがに、呼び捨ては厳しい。
真里菜は少しだけふむ、と顎に手をやり、横目で僕を見た。
「まぁ、いいでしょう。一体何にそれほど抵抗を抱いているのかは分かりませんが、では私の方は武人、と呼ばせていただきます」
「……ああ、どうぞ」
珍しい呼び名に、少しだけ心臓が跳ねる。
極力表に出さないようにして、そう促した。
「えっとそれで、真里菜さん」
「はい」
「女子力って……何か、分かってる?」
「勿論です」
僕の疑問に対して、力強くそう答える真里菜。
力は得なければならない、という言い方から、もしかすると女子力を超能力か何かかと勘違いしている気がしたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
真里菜は誇らしげに腰に手をやって胸を張り、僕よりやや低い目線で見上げつつ、自信満々に言った。
「女子の力です」
「……え?」
「日本語から考えるに、女子としての力ということでしょう」
「……はい?」
「私はほぼ全ての運動神経においては高校女子の平均を超えていますし、特に背筋力と握力、脚力には自信があります。柔道というのは特に背筋力と握力が重要ですので、重点的に鍛えました。ですので、私の女子力はかなり高い方だと自負しています。ですが姉には低いと言われましたので、外から見える力ではないということなのでしょう。私は力こそ鍛えましたが、外見としてはそれほど筋肉をつけているように見えない、とよく言われます。つまり、より自身の力を外面に引き出し、より『強そう』に見えることが女子力なのでしょう」
どうしよう。
同じ言語を喋っているはずなのに、彼女の言っていることが何も分からない。
「え、ええと……」
想像する。
全身を鍛えに鍛えた、腕が僕の足ほどもありそうな女子。
それは最早、女子であることすら捨てたボディビルダーに他ならない。
「確かに柔道においても、威嚇というのは重要です。相手が強そうに見えるということは、それだけ相手が萎縮する。見た目の強さを向上させる、というのも必要なものなのでしょう。まさか格闘技に興味のない姉からそのような助言を頂くとは思いませんでしたが」
そして、僕は痛感した。
この子、女子力について何も分かってない――と。
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