第2話 僕は女子力が高いらしい
事の起こりは、今日の昼まで遡る。
「千葉って、まじ女子力高いよね」
普段からよく言われている、褒めているのか貶しているのかよく分からない評価に、僕にできたささやかな抵抗は溜息を吐くくらいだった。
私立栄玉学園、二年三組の教室。
席替えで偶然隣になった女子――
「……何度も言うけど、それって褒めてんの?」
「褒めてるに決まってるじゃない。普通に、このクラスの誰よりも女子力高いんじゃないの?」
そんな加奈子が、もっしゃもっしゃと女の子らしくない擬音を発しながら咀嚼しているのは、ベイクドチーズケーキ。
昨日の放課後、家に帰っても暇だったために焼いてきたものだ。クリームチーズが意外とお高いため、なんとか安くて美味しいチーズケーキを作ることができないか、と悩む僕の最近の日課として楽しんでいるのが、チーズケーキ作りである。
今日持ってきたのは、ヨーグルトと牛乳で合わせて作り、クリームチーズを使わずに仕上げたものだ。
「単にお菓子作りが趣味なだけだよ。僕の将来の夢はパティシエだからさ」
「えもあ、おえあえ」
「飲み込んでから喋ってくれるかな」
咀嚼しながら喋ろうとした加奈子を、そう制する。
普通にしていれば可愛いのだが、加奈子は粗暴な部分が多々あるのだ。まぁ、柔道強豪校の栄玉学園において柔道部に所属し、来年の全国大会ではレギュラーにも抜擢されたという生粋の武道家だ。色々と女子としての青春を失う代わりに、柔道を磨いてきたのだろう、と思う。
やや茶みがかったポニーテールを振って、口の中のものを嚥下してから改めて、加奈子は僕を見た。
「でもさ、それだけじゃないじゃん。千葉って鞄が四次元じゃん?」
「ごめん意味が分からない」
僕の鞄は当然、謎の未来アイテムなどではない。
「ほら、あたしの制服からボタン取れたとき、ボタンつけてくれたじゃん」
「ソーイングセットを持ち歩くのは普通じゃないかな?」
何かに引っ掛けて服が破れた時とか困るし。
「怪我した時、絆創膏くれたし」
「絆創膏を持ち歩くのは当然だろ?」
自分が怪我をしたとき、すぐに対処できるし。
さすがに救急箱を持ち運ぶ気にはならないけれど、それくらいはいいだろう。
「いつもハンカチ二枚持ってるでしょ?」
「誰かさんが僕のハンカチを返してくれないからね」
それに、一枚だけだと少し不安になる。
常に僕は新しいハンカチで手を拭きたいのだ。
「ウェットティッシュとかポケットティッシュとか持ってるしー」
「主に使っているのは加奈子だけれどね」
いざと言うとき、使い捨てのできるティッシュは必需品だろう。
ウェットティッシュだって、机を拭いたり色々役に立つし。
「ハンドクリームとか化粧水とか使ってるし」
「男も今はスキンケアをする時代じゃないかな」
そもそも僕は乾燥肌なので、肌には気をつけているのだ。
どこぞの芸人は「粗塩!」とか言ってるけど。
「あたしがお腹減ったら手作りのお菓子くれるし」
「最近は加奈子が勝手に僕の鞄から出してるんだよ」
まぁそもそも、加奈子のために作ってくるようなものだが。
あれ? 僕は自分のために色々持ってきているはずなのに、よく考えればほとんど加奈子が使ってばかりだ。
僕と加奈子がこうして喋るようになった切っ掛けも、元を辿れば僕の作ってきたお菓子である。
栄玉学園柔道部は強豪校であるため、かなり練習内容が厳しい。そのため、朝練が早い時間から始まるのだ。ある日の朝練で、朝食を抜いてきた加奈子が机に突っ伏しており、お腹減ったお腹減ったと僕に求めてきたため、たまたまその日焼いてきたクッキー(昼に食べようと思っていた)を渡したのだ。
それ以来、まるで同性の友人であるかのように、加奈子は僕に接してくる。
「まぁほんと、女子力高いって。女子のあたしが保証してあげる」
「……女子?」
「なんで疑問系なのよ!?」
加奈子はそう言ってくるが、今の加奈子に女子らしさはほとんどない。
少なくとも、世間一般の人が「女子」と言われて、考える要素を全く持ち合わせていないと言っていいだろう。
しかしそんな僕の反応がお気に召さないのか、加奈子はぷりぷりと怒っていた。
「もー……。まーでもさ、千葉って料理も掃除も上手いんでしょ?」
「うちは母さんがいないからね。僕がやらなきゃ誰もしてくれないんだよ」
「加えてお菓子作りが趣味で、裁縫も上手いでしょ?」
「裁縫の上手い下手は僕が判断するところじゃないけれど、得意ではあるね」
「それに細かい気配りもできて、清潔だし、ファッションセンスもいいでしょ?」
「それこそ僕に同意を求められても困る」
「うーん……ねぇ、千葉」
「何さ」
「嫁に来ない?」
「何で!?」
普通逆だろう。僕はれっきとした男子である。
しかし加奈子は真剣に、うんうん、と何を納得しているのか腕を組みながらしきりに首を縦に振っていた。
「あー、そうだ。明日はチーズケーキないから」
「え!? なんで!?」
「今日、委員会で居残りがあるんだよ。それに、その後資料も作らなきゃいけないし、ちょっと帰りが遅くなるから」
「そんなぁ……」
心底から絶望したように、加奈子は机に突っ伏す。
僕の作ってくるお菓子に一喜一憂するそんな友人を見ながら少し嬉しくも、偶に材料代を出せ、と言いたくなる気持ちを堪え、僕は次の授業の準備をすることにした。
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