風景宝石

 風景をあつめる理由は、罪滅ぼしに他ならない。俺をかばって足をうしなったあいつは、わかりやすくふさぎ込んだ。一日中ベッドの上から動かず、車イスになんか見向きもしない。外に誘ってもなしのつぶて。写真家だったあいつの将来を奪ってしまったことは本当に悪いと思っているけど、俺だって事故の被害者なんだから、もうちょっと配慮してくれてもいいのに。もう何度目になるか分からないグチを胸の奥にしまいこみながら、俺は燃える空とそれを映す水鏡の狭間に立ち、落とさないよう気をつけながら、そら豆ほどの宝石を掲げる。親指と人差し指に力を込めると、透き通る宝石はスナック菓子みたいに簡単に砕けて、キラキラはじけた破片がちらばった。破片は周囲の景色を写し取ると、俺の目の前にゆっくりと集まり、ふたたび一つの宝石になる。夕焼けのひと呼吸手前、薄青と赤の気配の混じった朱鷺色の世界が、八面にカットされた宝石の中に詰まっている。できあがりを確認すると、俺はそれをナップザックにしまい込む。明日朝一で、郵便局へ向かおう。どうせ、あいつは喜ばないのだろうけど。

 風景宝石は、のぞき込むだけでもうつくしい上に、専用の投影台に置けば、その風景のなかに入ることもできる。歩けないあいつにとって、これ以上ない贈り物だと考えた俺は、世界中の景勝地に飛んでは、風景をあつめて贈った。あいつが返事をくれたのは一度だけ。「もう送ってこないで」一言だけ書かれたカードは、その日のうちに薪にした。もともと、愛想のかけらもないやつだった。それでも根はやさしいと思っていたけど、歩けないというのはその根を切るのも同義だったということなんだろう。俺はやめなかった。

 五年が過ぎ、十年が経ち、贈った宝石が三十を超えたある日、はじめて宛先不明で荷物が返送されてきた。嫌な予感がして、俺は旅程を変更すると、まっすぐにあいつの家へと向かう。事情を話すと、大家は黙って立ち上がった。まだ清掃業者を入れていないという部屋に合鍵で入ると、部屋は家具だけがそのままで、あとはもぬけの殻だった。あいつが寝ていたベッドの上には、俺が贈った宝石がちらばっていた。その中に写したはずの景色は色あせて、代わりに投影した景色をカメラで撮ったのだろう、鮮やかな写真があちこちに投げ出されている。世界がこぼれているような巨大な滝の青、この世の熱をすべて集めたような火口の赤、大きな獣の背中のように波打つ緑、すべてが溶け込んで混じり合いそうな夕日の金。そのどれもに、無表情で映り込むまぬけ面がいた。

唯一色の残る宝石を投影台に乗せる。風景は変わらなかった。ピンボケみたいに二重になった部屋の真ん中に、あいつが映し出されたことだけが違いだった。あれだけ嫌がっていた車イスに乗り、膝にカメラを乗せたあいつは、いたずらを仕掛ける子どもみたいな笑みでスケッチブックを持っている。『あんたのまぬけ面、おもしろかったよ』俺は呻いた。どうやら俺は、気づかないうちにずっと、自分の自撮りを贈り続けていたらしい。言えよ、そういう事はよ。いらだちながらつい、投影像のあいつに文句を言おうとしたとき、スケッチブックの端の小さな文字に気づく。色はうすれ、やがて消える。あいつのいなくなった部屋で、俺は宝石をあつめると、一つずつ砕いていった。目から落ちる水が混じった破片は、二度と戻ることはない。

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