毒親

 食事に毒を盛られていた、と気づいたのは小学二年生のときだった。となりの席のオタクが押し付けてきたマンガに、そういうシーンがあったのだ。食べてちょっとしてからもだえ苦しむキャラクターが、まるでわたしのようだった。夕食のたびにトイレに駆け込むわたしを、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも弟も、みんなして「病弱なんだから」と指をさして笑ったけれど、たぶん、わたしのご飯だけ毒が盛られていたんだ。その証拠に、課外学習のカレーライスを食べても、ごくまれにファミリーレストランでハンバーグを食べても、お腹は音を上げなかった。わたしは箸を止めて、肉じゃがを見つめる。「どうしたの?」お母さんがじっとわたしを見ている。「なんでもない」わたしは笑顔を浮かべて、お母さんお手製の、ちょっとしょっぱい肉じゃがを食べる。

 どうしたらいいんだろう。警察? でも、お母さんたちが捕まっちゃうのはいやだ。おばあちゃんに言う? おばあちゃんはお母さんと仲がいいから、もしかしたらもう、知っているかも。トイレの中で悩んだ末に、わたしは学校で先生に打ち明ける。だいじな話がある、と呼び出した先生は怖い顔をしていたけど、わたしが話すにつれて、だんだん顔がゆるんでいった。「それは気のせいだよ」最終的に困ったように笑いながら、先生はわたしの頭を撫でた。「だって、親がそんなことするわけない」

 信じてもらえなかったショックで教室の隅で泣いていると、マンガを貸してくれたあの子がのぞき込んできた。「どうしたの?」泣き過ぎて酸欠で、ぼうっとしていたわたしは、ついうっかり毒のことを言ってしまった。しまった、と思ったときにはもう、手遅れだった。「やばいじゃん、それ」彼女は引きつった顔でこぶしを握った。「あんたの家族、ジャーアクに乗っ取られてる。間違いないよ」

 マンガのなかの敵キャラが、まさかわたし以外の家族全員を操っているなんて。わたしは驚きつつ、深く納得した。わたしがあくびをしただけでお母さんに叩かれるのも、わたしの消しゴムをいつも盗んでいく弟も、みんな、操られているだけなんだ。わたしは元気を取り戻し、彼女と必死でジャーアクを追っ払う方法を探す。一晩中怒りまくって寝かせてくれないお父さんも、わたしの部活を辞めさせようとするお母さんも、高校受験を妨害するお姉ちゃんも、背中を殴ってくる弟も、家族のあらゆる行動が、わたしを奮い立たせた。待っててみんな。今に解放してあげるからね。もたせてくれた弁当を捨てて、コンビニの百円パンをかじりながら、わたしは決意を新たにする。高二くらいで、さすがにジャーアクはないかな、と気づいたけど、たとえば変な寄生虫だったり、あるいは闇の組織の洗脳だったりに掛かっている可能性は捨てきれない。もはやライフワークとなった研究を、彼女は大学で、わたしはバイトを掛け持ちしながら図書館で、続けては議論し合った。

 ついに毒親の精神構造が解明された。両親の目を覚ますのは間に合わなくて、姉弟とはとっくに縁が切れた。わたしは父と母の遺影に手を合わせながら、間に合わなくてごめんと謝る。夕飯できたよ、と彼女が呼んだ。湯気を立てた肉じゃがに、もう毒は入っていない。

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