キャラ

「若い女の子が好きだからって理由で、営業職でもないのに営業させられた」と愚痴る友人の話を聞いて、その手があったか! と膝を打った。自分の好き嫌いを、相手にきっちり伝えればいいのだ。そうすればいつか、好きな人とだけ好きな仕事が好きなだけできるにちがいない。さっそくわたしは、スカートの短さにケチをつけたり、鳴き声のように「女性ならではの感性」って言ってくるおじさんたちを冷遇し、一方でぴかぴかのネクタイを、高校生みたいにきゅっと締めてやってくる若手編集者たちに、でれでれと格好を崩す。

 一ヶ月後には、あきらかに仕事が減っていた。「生意気だ」というウワサが、業界内で飛び交っているらしい。あちゃー。わたしは頭に手を当てた。まあ、どんな人であれ、あからさまに優劣をつけるのはよくないな。反省したわたしは、おじさんに優しく、若手にはもっと優しく、くらいに改める。それなのにある日、仲良くしてると思っていた若手編集者が、わたしのことを「色狂いババア」と書き込んでいるのを見つける。女性編集者しか受け付けない大御所のことは、色狂いジジイなんて言ってなかったじゃん! わたしは腹を立てて反論を書き込む。SNSはあっという間に炎上し、わたしは炎上作家として一躍時の人となる。

 炎上商法と言われても仕方ないけど(それでもムカつきはするけど)、わたしの本は騒動のおかげでそれなりに売れて、仕事を失わなくて済む。それでもやっぱり仕事をするにはたくさんの人とコミュニケーションをとらなくちゃいけなくて、炎上したせいで色眼鏡はさらに濃くなる。今やわたしは、「年下好きのやばい恋愛脳ババア」だ。これがおじさんだったら、「男はみんなそうだから」で終わるのに、わたしだと一様にドン引きしてくるのはなんなのか。差別だ。泥酔しながら管を巻いていると、友人がにやりと笑った。「だったらさ、上書きしちゃおうよ」

 黒い口紅をつけて一人称を「わらわ」にしてから、だいぶ生きやすくなった。やってくる編集者のほとんどは視線を合わせてくれないけれど、たまにいる興味津々で目を輝かせて話しかけてくれる人とは打率十割で仲良くなれるから、このキャラ設定はフィルターとしてとても有効だ。酒の席でげらげら笑いながら作った新しい「わたし」はあちこちで叩かれ動揺を巻き起こしたけど、ごく一部にはとてもウケたし、ついでに新しい仕事も引っ張って来てくれたから、しばらく脱ぐつもりはない。

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