強制共生

 不快感を喰らう生物が発見されて、ストレス社会で戦うわたしたちは、その生物を頭に乗せながら働くのが当たり前になる。ファッション雑誌を作るわたしたちは、必死でその新しい風習をおしゃれにすべく、穴の開いた帽子や髪飾りを考える。ウサギとネズミを足して、うすく伸ばしたような生物はもふもふで、少女には似合うかもしれないけど、大多数の人間には違和感がぬぐえない。わたしたちはメンズ用の特殊な帽子を開発し、ベストデザイン賞を受賞する。

 稼げたのは大きいけれど、それを抜いてももふもふはすばらしい。仕事先の理不尽な要求にも、役に立たない後輩のため口にも、親からのお節介なプレッシャーにも、ふっといらだちが湧き上がる直前に、まるで吸い込まれるようにもやもやが無くなっていく。わたしは毎日上機嫌で出勤し、そして皆もまた頭に小動物を載せながら、にこにこと働く。職場環境は改善され、仕事も人生も、何もかもが順調に回り始める。ありがたいことだ。わたしは頭の上のもふもふを撫でる。水が嫌いなもふもふは、まだぬれている髪の上で、居心地悪そうにもぞりと動く。

 順調だったはずなのに、一年が過ぎる頃から、なんだかミスが増え始める。仕事ではスケジュールを忘れ、日常では食器を割る。わたしだけではなくて、あちこちでデータを紛失しただとか、帰りの電車にパソコンを置き忘れただとか、そんなミスが尋常じゃなく増える。業績が伸び悩み、会社も自分もお財布が軽くなるけれど、例の生き物が不安感を食べてくれるおかげで、わたしたちは大して取り乱すこともなく、困ったねえと笑いあう。

 もふもふが意図的に人間にミスを犯させている、というウワサが事実だと裏付けられて、わたしたちは彼らを手放すかの判断を迫られる。手の上に乗せたもふもふを、わたしは複雑な思いで見つめる。彼らは腹が減ってただけだ。本当に元のストレス社会に戻りたいのか? 両手に乗るいたいけな見た目をした生き物は、ぷるぷる震えるばかりで何も言わない。ふと、鏡に映る自分を見つめる。長く染めていなかった髪が、いま着ているニットとおそろしく似合わない。わたしはもふもふを頭から下ろすと、美容室を予約する。ストレスはつらいけど、やっぱりもふもふを乗っけたスタイルは、正直あんまりかわいくない。

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