お祈りアプリ

 神さまは恩人だ。気温三度の冬空に、半袖一枚でベランダに放置されていた俺を助けてくれた。にぎった手はそんなに温かくはなかったけれど、すぐに社に運んでくれて、あたたかな布団とたくさんのご飯を用意してくれた。そのほとんどは、神さまの世話をする式神が用意してくれたけど、いびつな形のおにぎりだけは、神さま手ずから握ってくれたらしくて、しょっぱすぎるそれは、すぐに俺の大好物になった。

 社での暮らしは穏やかだった。黒板に頭を打ち付けられることもないし、腐った食べ物を口につっこまれることもない。声を出して笑うことが、こんなに気持ちの良いことだと知らなかった。神さまは月の半分くらいは社の外に出て、帰ってはこなかった。「信じてくれるひとを少しでも増やさないと、我々は消えてしまうからね」神さまはそういって、よわよわしく微笑んだ。たまに透ける指先が本当に消えないように、俺は毎日一生懸命お祈りした。

 社に来て三年目、ある日帰ってきた神さまは、俺にスマホを渡してきた。「これの使い方を教えてくれないか」俺は神さまの役に立てることがうれしくて、電源の入れ方からインターネットのこと、電話やカメラやアプリのことを次々語った。神さまはふんふんと話を聞いて、すぐに覚えた。「でも、神さまには必要ないんじゃないですか?」テレパシー的な連絡網を持っている神さまには、まったく不要な気がして俺が訊ねると、神さまはにっこり微笑んだ。そして、用は済んだとばかりに俺を下界へ放り捨てた。

 元の家には誰もいなかった。俺は記憶喪失のフリをして、身元不明児童として保護された。養護施設に社みたいな温かさはあんまりなくて、つねに冬の昼のような、乾いた空気が漂っていた。それでも、こぶしが飛んでこないだけ随分ましだろう。神さまに捨てられた俺はやさぐれて、施設から与えられたスマホとしか会話をしなかった。食欲もわかなくて、体重はひと月で十キロ落ちた。

 そんななか、とあるアプリが流行する。お祈りアプリと呼ばれるそれは、願いを一つ叶える代わりに、一日一回の『お祈り』を忘れると、廃人になってしまうという。裏サイトからダウンロードしたアプリを起動すると、よくよく見慣れたトップ画面が現れる。なるほど、これをつくるために人間が必要だったってわけか。クサクサした気分で携帯を布団に投げつけ、窓を開ける。冷たい空気が吹き込むその窓枠に、何かが置いてあった。大葉の包みの中には、泣けるほどしょっぱいおにぎりが二つ、入っている。

 俺はあらゆるSNSでアカウントを作成し、そのアプリをみんなに広めた。どんどん消されてしまうアプリのダウンロードファイルを、爆弾みたいに次々と設置していく。ついに俺は警察に捕まり、よく分からない罪で投獄される。ひんやりとした独房に、ぬるい手が差し伸べられた。ばかだね、と言わんばかりのその手のひらを、俺はにやにやしながらぎゅっとつかむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る