初恋泥棒
初恋の記憶を映画化してくれるサービスが登場して、酔った勢いで登録する。その場で脳波をスキャンされ、すぐスマホに映像が届く。記憶にある初恋は、二つ年上の中学の先輩なんて、その辺の少女漫画に百回くらいは描かれてそうなつまらないものだけど、まあ話のネタにはなるだろう。軽い気持ちで再生すると、まったく見覚えのない映像が流れた。どう見ても中学生じゃない相手が、やさしくわたしの頬を撫でる。いや、おまえ誰やねん。
アルバムをめくっても一向に手がかりはなくて、思わず検索するとどうやら、同じような現象が全国で起こっているらしい。SNSのつぶやきを追っていたわたしは、あることに気づく。なんだかみんな、同じような相手じゃない? 背が高くて、年上でやさしくて、右頬の真ん中にほくろがあって、ちょっとドジだけど、いざってときは守ってくれる人。学校の先輩だったとか、いとこの友達だったとか、公園で遊んだとか一緒に森をさまよったとか、とにかくシチュエーションはばらばらだったけど、わたしたちのモンタージュ写真は瓜二つだ。生まれも育ちも全然ちがうわたしたちの初恋を盗んだ相手を、わたしは敬意と恨みを込めて「初恋泥棒」とよぶ。
こっそり探していた初恋泥棒のうわさはいつの間にかワイドショーに嗅ぎつけられて、わたしはゴールデンタイムの生放送のスタジオで、みんなの代表として連絡を待つ。「集団幻覚」「洗脳?」「保育園の先生とか」「芸能人だろ」あらゆる推論が飛び交うけれど、一向に泥棒は見つからない。もはやこれまで、とエンドロールが流れるさなか、あるテロップが画面下部に映った。「初恋泥棒って、もしかしてこれ?」
通販で届いた段ボールを開けると、何となく見覚えのある表紙が飛び込んできた。ビニールをはがして、中古のつんと匂いのする紙を開く。コアなファンしか知らないような、三巻で完結したマンガのしかも脇役。まさか、全国ネットでオタク趣味を暴露されるとは思わなかった。思い出すだけで顔が熱くなって、叫んで転げまわりたくなる。けど、歳を取らない我らの初恋泥棒は、大変やっかいなことに二十年経った今でもかっこいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます