衆人環視

 隠すことは悪いことだ。そう教わって生きてきた。高い高い壁に囲まれた、どこにも行けない村で生きていくためには、あらゆることを共有して、「みんな」になって生きていかなきゃいけない。だから、あの子と出会ったことを隠しているのは、わたしにとって、とても苦しいことだった。

 緑の肌に赤い目を持つあの子が、一体どこから来たのかわたしは知らない。たまたま見つけた洞窟の奥深くで、熱くない火を持ったあの子を、わたしは初め、本気で幽霊かと思った。不思議と言葉は通じたけれど、あの子は自分のことを一切話さなかった。代わりに語られる、たくさんのおとぎ話にわたしは夢中になる。火を噴く地の穴、氷の河、白い花の降る季節、夜のない国。みんなの知らない地下でこっそり落ち合っては、わたしは彼女の話をうっとりと聴いた。「みんなには伝えないの?」ある日、彼女は不思議そうに尋ねた。「みんな、外が嫌いなの」わたしはうつむく。まだ幼い頃、空から一輪の花が降ってきたことがあった。大ぶりな黄色い花は、この村で一度も見かけたことがなかったから、わたしは意気揚々とそれをみんなに見せびらかし、そうして花はわたしの目の前で焼かれた。「外は悪いものばっかりなんだって。今のままが一番なんだって」ふうん、と彼女は赤い目を伏せてつぶやく。「そうやって縛っているわけね」

 一年後、村は炎につつまれた。わたしが放った火は、家も、畑も、庭も、公園も、すべてをつつんで、でも死体はひとつもなかった。彼女が導く抜け道は、地の底まで通じているのかと思うほどに長くて、けれどようやく抜けた先には、果ての見えない大地があった。わたしたちは呆然としてそれを眺める。ふと振り返ると、抜けてきた壁が一面の緑に覆われていた。土壁だったはずなのに、外側は緑だったのだろうか? じっと目を凝らして気づく。葉っぱに見えたのはすべて顔で、彼女と同じ、緑色の肌をもつ人間だった。何十、何百という人間が、壁の外に身を乗り出して、こちらを見ている。「わたしたちはずっと、あなたたちを見ていた」先導する彼女が止まり、緑の壁の前で両手を広げながら言った。「あなたたちはわたしたちの生きがいで、娯楽で、おもちゃだった。生活を保障する代わりに、生活のすべてを消費した。でも、盟約はもう終わり。あなたたちは自由よ」

 そうして残ったのはわたしだけだった。みんなはうろたえ顔を見合わせ、広大な世界に背を向けて、馴染んだ壁の内側に戻っていった。やっぱりね、と彼女はあっさり肩をすくめる。「人間、そんなにすぐは変われないもの」みんなのことが情けなくて恥ずかしくて、わたしはくちびるを噛む。彼女は旅に出るという。「みんなに黙って、秘密を明かしちゃったからさ」とウィンクする彼女に、わたしも行くと手を挙げると当然でしょ、と小突かれた。「共犯なんだから」彼女は黄色い花を取り出す。まったくいつから彼女はわたしを見ていたんだろう。悪びれることなく日差しをはじく鮮やかな花はとてもきれいだから、ついていく本当の理由は、もう少し秘密にしていよう。

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