花は銃より強し

 銃口のように向けられる監視カメラのレンズから、まさか本当に弾が発射されるなんて思ってもみなかった。レンズの上にいつの間にか乗せられた、ちょんまげみたいなレーザーは、「ドーナツ穴と別宇宙の非視認接続経路説」論文を夜道で読んでいたわたしに襲いかかる暴漢を、見事に撃ちぬく。

 ひっそりと搭載された制圧システムにみんなはパニックになったけれど、もはや今さらどうしようもない。デモや暴動を起こせばたちまち撃たれてしまうし、カメラを壊せば今度は警備ロボットが飛んでくる。「静かでいいじゃん」なんて人嫌いの妹はうれしそうだけど、静まりかえった町はやっぱり不気味だ。人々は撃たれないよう息をひそめて生活し、すっかり人通りの少なくなった道を歩きながら、わたしはふと思いついて食べかけのドーナツをカメラに掛ける。

 ドーナツの穴の最深部は別の宇宙に繋がっているというのはもはや世界の常識で、だから試してみようと、わたしはさっそくカメラの前で妹に襲いかかるふりをする。結果はもちろん成功で、打ち出されたレーザーは見事別宇宙へと転送され、わたしたちはどちらも体に穴をあけることなくぴんぴんしていた。わたしは鼻高々に町中のカメラにドーナツを引っ掛け回る。これは結構大変な仕事で、鳥に食べられてしまったり腐って落ちたり、はたまた当局に回収されたりしてしまうので、なかなかどうして忙しい。わたしは毎日、妹を引き連れて町を駆け巡る。妹は妹で、なぜかドーナツの真ん中に花を活けたりしている。何の意味があるのか何度聞いても答えてくれないけれど、まあ彼女なりにこの善行を楽しんでくれているのだろう。

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