感情ポップコーン
なんらかの思いで胸がいっぱいになると、妻はポップコーンをつくる。「ぽんぽんってコーンがはじける音をきいているとね、うなずいてもらえている気がするの。わかるよって応援されている気持ちになるの」そうはにかんだ妻がかわいかったから、ぼくは結婚を決めた。
戸棚の一角はいつだって乾燥コーンで占められていて、油を張ったあつあつの鍋にざらざら注がれる音が聞こえてくると、ぼくはそそくさとソファを整え、テレビをつける。あつあつのポップコーンをつまみながら映画を見るのがお約束だった。120分の沈黙は、いつも妻を元のやさしい妻に戻してくれる。台所で、ぽんぽん跳ねる白い実を能面のような顔で見つめている妻はちょっと不気味だけど、ピリッときかせた塩味のポップコーンはとてもおいしい。
今日の妻は大変だった。嵐のような彼女がヒステリックに喚きながら作ったポップコーンの味は見なくても分かる。味付けはその時の妻の気分と連動していて、だから怒っているときの容赦ない辛みは、甘党のぼくにはちょっとつらい。悲しいことがあったときはしょっぱくて、機嫌がいいとほんのり甘い。外に出ない妻の、唯一のストレス解消法たる戸棚のコーンを切らさないよう、ぼくは常に細心の注意を払って黄色の粒粒を補充する。
十分に気を付けていたのに、その日はやっぱり訪れた。カギのあいたドアを引くと、波のようにポップコーンがあふれ出る。室内は床一面が真っ白で、歩くたびにつぶれたポップコーンが靴下の裏にはりついた。戸棚は空っぽで、ついでに妻もいなかった。ポップコーンみたいに飛び出していった彼女の代わりに、部屋を埋める白い実をつまみ上げる。もっとちゃんと蓋を閉めておくんだった、と内側から派手に割られた窓を前に反省してももう遅い。なんの味付けもされていない実は、奥歯に張り付いてなかなか取れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます