モノクロの町

 白と黒だけの町に、年に一度だけパンダが色花を売りに来る。木の台車には色とりどりの花々がこんもりと乗せられていて、その花が枯れるまでの一週間だけ、町は色であふれかえる。命短い華やかな色々に、わたしはすっかり虜になってしまった。どうか連れてってくれ、とパンダに頼み込んで十年、最終的には台車にこっそりもぐりこんで、わたしは見事、町を出ることに成功する。

 門を出ると、まず初めに地面が色づいた。切り花にたまにくっついている黒に近い色は、茶色というらしい。続いて深呼吸したくなるほどの緑、かわいらしい黄の花粉、目に飛び込んでくる赤い実、そしてなにより、とほうもなく広がる青い空。世界には、台車に乗った花なんかよりももっとたくさんの色があって、わたしは新しい色を見つけるたびに、その美しさにため息をもらす。「なんてつまらない世界で生きていたんだろう」パンダが花を仕入れている花畑を見つめながら、わたしはつぶやいた。「ぼくは好きだけどな」パンダは丁寧に花を摘みながらつぶやく。「いいか悪いかしかない世界は、とてもきれいだ」

 色の名前を憶えていくのと同じスピードで、わたしはいろんな感情に触れた。愛しているのに殺し合う人、尊敬する相手に消えてほしいと願う人、憎んでいる相手から離れられない人。どれも、あの町にはなかった。白と黒しかない町は好きと嫌いしか、快か不快かしかなかった。複雑な感情はうつくしいものも醜いものも、共感するものも理解できないものもあって、わたしは次第に、何がきれいだったのか分からなくなってきた。町を出て一年が経っていた。パンダと共に持って帰る花を選ぶ手をとめて、わたしは立ち尽くした。たくさんの色を知って、うつくしいものを知って、それをみんなに見せたかったけれど、果たして自分は、どれをうつくしいと思ったんだっけ?

 結局花は選べずに、わたしはとぼとぼ町へ戻る。駆け寄ってきたみんなが口々に、「どうだった?」と訊ねる。わたしが何も答えられずにいると、皆はやっぱりね、と言った。「きれいなものは、ちょっとでいいのよ」「違うから悩むんだ」「シンプルイズベストだよ」彼らの言葉に、わたしはひとつも反論できない。肩を落として家の前まで歩き、パンダに別れを告げる直前、白黒の口が開く。「あんたとの旅、ぼくは楽しかったよ」

 悩んだ末に、わたしはもう一年、パンダについていくことにした。鮮やかなことが嫌いになるのであれば、とことん嫌いになってから見限ってもいいと思った。好きか嫌いか、とにかくどっちか突き詰めてみたいと思った。なにせわたしは、モノクロの町の出身なので。「物好きだねえ」パンダが言う。心底げんなりとした声だったけど、白黒が好きなくせに花を売り歩いている方も相当だ。そう指摘すると、パンダはにやりと笑った。「ぼくが好きなのは白でも黒でもないからさ」そう言いながらパンダはコインを爪で弾く。太陽みたいな金色が、きらきらとひかった。

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