セクシーネクタイ

 気づいたらネクタイがお色気アイテムになっていて、ネクタイ愛好家のぼくは大変ビビる。ちょっと前まで検索すれば「プレゼント」が真っ先にサジェストに出たのに、今じゃネクタイをゆるめたり、解いたり、縛ったりする赤ら顔の画像でいっぱいだ。ウソだろ?

 そんな空気になってしまったから、普通にネクタイを締めているだけのぼくらサラリーマンも、なんだか非常に肩身が狭い。クールビズに乗っかって、完全ネクタイフリーにする会社も増え、ネクタイに変わるアイテムが続々と登場する。まあでも、所詮一時のはやりだろう。ネクタイ文化を愛していたぼくは、じろじろ見られる視線に耐えながら、それでもネクタイを締めつづける。その強がりも、老舗ネクタイメーカーがお色気画像を公式の販促にしたことで、はかなく崩れ去った。猛烈なバッシングと、メーカーを擁護する自称ネクタイ愛好家の間で繰り広げられる激しい言い争いを、ぼくは呆然としながら眺める。かなしいことに、愛用していたメーカーだった。就職祝いにもらった一番お気に入りのネクタイを、ぼくは複雑な気分で首にかける。

 ついにぼくの会社でも、ネクタイをしなくて良いとお達しが出る。それでもなお、ぼくはネクタイにこだわったけれど、満員電車で急にひっぱられたり、陰干ししていたものが盗まれたりして、ついにあきらめざるを得なくなる。開きっぱなしの襟元から、冷たい風が吹き込んで、寒くって落ち着かない。仕方なくぼくは、ネックウォーマーを巻きながら仕事に向かう。同じような考えの人はたくさんいて、その冬は例年になくネックウォーマーが売れる。

 大方の予想通り、次の年にはネックウォーマーがお色気アイテムになっていた。ネックウォーマーとワイシャツのボタンとのすき間は絶対領域と呼ばれ、素肌に指をつっこまれる新手の痴漢が大いに増える。じゃあ次はハイネックの服がはやる、なんて大喜利にはならなくて、堪忍袋の尾がキレたぼくらは、痴漢や、ちらちら見てくる輩や、なまめかしくこちらを見つめてくるポスターを、片っ端から排除する。防寒対策すら一部のフェチズムに奪われてたまるか。活動は実を結び、僕らは服装の自由を取り戻す。ずっとしまってあった大切なネクタイを、ぼくは久しぶりに締めた。やっぱり気合が入る。浮かれた気分で地下鉄に乗る。気持ち伸びた背筋で車内広告に目を向けた瞬間、ネクタイを解くグラビアアイドルと目があった。はだけた胸元に不自然に引っかかったネクタイは、ぼくの首にかかったものと同じ色をしている。ぼくはゆっくりとネクタイをほどき、開いたドアとホームの間にそっと落とす。

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