花の命のつかい方
人並み以上に顔がいいらしい、というのはあいつに出会ってから気づいた。どうしてみんな俺の顔をじろじろ見てくるのだろうとビビり倒していた俺に、まっすぐ「青い薔薇だ」って言ってきたこいつは、それ以来、毎朝俺の髪を梳くのが日課だ。自分より体格のいい相手の髪をとかして悦に入っているのは正直気持ち悪いけど、それだけで衣食住を保証してくれるのだから、まあ悪くはない。
思ったことは素直に言うがモットーなあいつは、一緒に住み始めて三年経つのに、まだ毎朝「ガーベラみたいに品のある寝癖だね」とか「カスミソウみたいな顔してるけどどうしたの」だとか、よく分からないたとえを飽きもせず使い続ける。「月下美人の肌が荒れてる」と夜更かしを怒られたときはさすがにケンカになったけど、住まわせてもらっている立場であまり文句は言えない。在宅仕事で稼いでいるとはいえ、このセキュリティのしっかりした家はヤツの持ち家だ。なんとか流の華道家であるあいつの家には、選ばれなかった花たちがいつも生けられていて、水を替えるのは俺の仕事だった。「きれいだろ?」末端が黒ずみ始めた小ぶりの花をすくい、ヤツは言う。「本当は花に優劣なんてないんだ。皆ひとしく枯れるしさ。でも、僕は最高を選ばなきゃいけない」一点のシミもない白百合だけを抜き取って、残りを俺に押し付けるあいつは、めずらしく顔を伏せている。
人のことをあれこれ言うくせに自分のことは語らないから、あいつが花に埋もれそうになってるなんて、全然まったく気づかなかった。「人気華道家、まさかの五股疑惑」なんてゴシップを見て、俺はさんざん迷ったあげく、腰を上げる。サングラスとマスクをはずして、素顔で外に出たのはいつぶりだろうか。ぎらぎら向けられる数多の視線を振りきるように、俺は早足でテレビ局に向かう。
あいつは簡単に見つかった、たくさんの報道陣が裏口に集まっていて、俺はそのど真ん中を堂々とつっ切る。ちょうど出てきたあいつはびっくりするほどやつれていたけど、俺に気づいた瞬間のまぬけ面は、まあ笑えた。ゴシップをつかみに来たはずのマスコミは不思議なくらい静かで、だから俺は固まるあいつにわざとらしくべったり張り付いて、その頭にキスすら落として見せた。サプライズは大成功で、ま、明日には別の話題でうるさくはなるだろうけど、少なくともこいつがアイドルの売名に巻き込まれることは無くなるだろう。作戦がうまくいっていい気分だったから、「薔薇にしか欲情しなくなったらどうしてくれる」という恨み言は、聞かなかったことにする。
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