マスク美人

 みんながマスクをするようになり、スカウトマンのぼくは大層困る。入って半年、じっくり見てようやく、芸能界のオーラとやらが分かるようになってきたくらいだってのに、顔半分で見極めるなんて、無理ゲーが過ぎる。

 それでも社会人としてのノルマがあって、ぼくは意を決して「これは」という人に声を掛ける。どきどきしながらみた素顔は、大方の期待通り、金の卵とはいえなかった。

 それでもスカウトしてしまった手前、ぼくは落胆を見せないよう、精一杯にこやかに彼女を売り出す。「あたしにふさわしいデカい仕事もってきなさいよ」なんて女王様だったらよろこんで見限ったってのに、「期待外れですみません」と恐縮する彼女だから、ますますひっこみがつかなくなった。けど、現実は厳しい。苦肉の策で、ぼくはオーディション写真に彼女の目元のアップだけを載せる。一重の切れ長な瞳は涼しげで、そこだけ見れば楊貴妃にも負けていない。やけくそに送った履歴書は全滅し、ぼくは上司にしこたま怒られる。トイレでひっそり泣いたあと携帯を確認すると、にぎやかな通知が飛び込んだ。一番に、彼女からのメッセージを開く。「オファー、受けてもいいですか?!」

 彼女は今、中央アジアのセレブたち御用達のブランドモデルを務めている。多くの決まりを尊重しながら、目元だけで服の美しさを表現する仕事は、彼女の天職だった。慣れない気候も刺激的だと、画面越しに笑う彼女はマスクをしていなくたってとてもきれいで、うれしい反面、ちょっとだけくやしくも思う。

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