ねはいいやつ

「根はいいやつなんだがなあ」

 ざくりとスコップを土に刺し、庭師の祖父はそう言った。

「日当たりがよくなかったかね」

 遠く貴いお家柄から分けてもらったという小さな藤のひと株は、用意した藤棚に見向きもせず、代わりに近くの若木に飛びつくと、あっという間に絞め殺してしまった。うつくしく咲く紫の花のすき間から、黒く変色した腐れ木がみえる。祖父はえっちらおっちら土をかき分け、ぎゅっと張った根を傷つけないよう丁寧に掘り起こし、うららかに陽気の当たるとっておきの一角に植え替える。

「根はいいんだけどなあ」

 父はそう言って、困ったように頭をかいた。たっぷりの日差しを浴びて、すくすく成長した藤の木は、藤棚を飛び越え道路まで腕を広げて、その豊満な香りでわんさか虫をつれてきた。

「肥料をあげすぎたか」

 近所から苦情が殺到し、さりとて枯れたわけでもない貴い木を切り倒すこともできず、やむなく父はねっちり張った根を掘り起こす。大きなトラックで運ばれた藤の木は、由来を認められて、とある富豪の庭に植えられてる。

「根はいいんだけどなあ」

 わたしはのびのび育った木を見上げながら、チェーンソー片手につぶやく。肥沃な土とありあまる日光を手にした藤は、恩人の家に抱きつくように成長し、今や勝手口の窓すら開かない。光を遮られた室内は、細いすき間からでも分かるほどに、ホコリと蜘蛛の巣で彩られている。主が没落してからすっかり幽霊屋敷になってしまったこの建物も、今日でお別れだ。わたしはスターターを強く引く。呼応するように、立ち並ぶ重機のうなりがこだまする。

「ほんと、根はいいやつだったのに」

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