有頂天ウイルス

 すべての感情は感染したウイルスによって引き起こされると分かってから、なりたい性格に合わせてウイルス接種を受けるのが当たり前になった。冷静沈着になりたければ鉄面皮ウイルスに、陽気になりたければ有頂天ウイルスに感染すればよい。そこまでしなくても、体内に持続感染する担当ウイルスを活性化させてやれば、それなりに望む性格になれる。気質も気分もいまや完璧にコントロール可能で、社会はたいそう過ごしやすくなる。

 若気の至りで有頂天ウイルスに感染しまくったあいつは、お調子者キャラが気に入って、わたしの病室にも鼻歌を歌いながら入ってくる。一般的な倫理感と照らし合わせて眉をひそめてみせるけど、不治の病が分かった瞬間に無ウイルス化術を受けたわたしは、なんの感情もわかない。能面のようにぼんやりしているわたしに構わず、彼は地中海の風を感じそうなほどくるくる陽気にしゃべり倒しては帰っていく。

 病気は移植を受けなければ治らないヤツで、親族がいないわたしに適合者が見つかる可能性はゼロに等しい。あいつが適合試験を受けたと知ったとき、ただムダなことを、とそれだけを思った。当たり前のように型は一致しなくて、彼はその陽気でパリピな人脈を活かし、次々かわりの人を連れてくる。

 彼はやり遂げた。ついに適合者が見つかって、けれど間に合わなかった。霞む視界で、彼はやっぱり笑っていた。握られた手に、つめたい水が降りかかる。じわりと熱いなにかがのどの奥から湧いてきて、どうせうつすんなら、せめて有頂天ウイルスにしてくれと、わたしは悪態をつく。

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