戦略的不美人

 尋常じゃなくド美人な幼なじみは、幼少期からそのご尊顔のせいで、ありとあらゆるトラブルに巻き込まれた末、ついに気づいてしまった。暴飲暴食の結果、みごと百キロの肉体を得たのは高校生のころで、モデルみたいな頭身も、贅肉の前では無力だった。「要は比率と配置なんだって」と彼女はフルーツケーキを崩しながら言った。「素材とか入っているものが変わらなくても、バランスがずれただけで印象がちがうでしょ?」フォークの背で美しいケーキを潰しながら持論を説明する彼女は、すがすがしいほど高慢だ。痴漢されることもナンパされることもない生活はたいそう快適らしく、もったいないなあと思うも、はち切れんばかりの笑顔は今までで一番すてきだ。

 そんな彼女の初恋は大学二年のころだった。ひとつ年下の後輩は、靴下が左右違っていても気にしないほどおおらかで、彼女はそこに惹かれたらしかった。気を抜くと痩せてしまう(なんともうらやましい限りだ)彼女は、物憂げなため息を吐きながらもホールケーキを口に運ぶ。思いを叶えたいなら、いますぐ肉の鎧とおさらばして、自分の武器を取り戻すべきなのは、彼女が一番よく分かっていた。「でもそれって結局、見た目が好きってことじゃない?」ケーキだって、見た目がおいしそうじゃなきゃ手に取ってもらえないのに、「美人が好きな相手は地雷だ」と言う彼女は、たぶん世界で一番面倒くさい。

 いろいろご高説を垂れながらも、結局欲に負けてダイエットを始めた彼女は、みるみるうちにモテ始め、あっという間に後輩と口説き落とし、そしてすぐに別れた。「美人って難しい」とは後輩の言で、破局後いくばくも立たないうちに彼は同級生と付き合い始め、あっという間に結婚する。

 フラれても彼女の美しさには傷ひとつつかない。それから彼女は、吹っ切れたようにあちこちで恋人を作っては別れる。皮肉なことに、彼女と別れた相手はそろって人の本質を見抜けるようになるので、モテ始める。彼女は「良彼氏製造機」と呼ばれるようになり、繊細な顔を裏切ってしたたかな彼女は、ついにはそれをビジネスとして莫大な金を稼ぐ。

 そんな彼女の一番の親友であるわたしは、もはや仏の名をほしいままにする大変できた人間となった。下の下と評される見た目に反してそれなりにモテるのが根拠だが、あいにくわたしの興味は微生物と細胞質にあって、恋人よりもディープフリーザーがほしい。壮年に差しかかるわたしたちは、酒と映画を友として、今日もだらだらとケーキをむさぼる。たるみ始めた彼女はそれでも美しいから、ちょっとだけ冷凍保存してみたくなったりもする。

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