思い出質屋

 10年ぶりに後輩から連絡をもらったとき、正直なにかの勧誘かと疑った。だって、高校卒業以来の連絡なんて、大抵がそうだろ?

 待ち合わせのちょっとオシャレなレストランに、後輩は白シャツと細身のパンツ姿であらわれた。丸刈りにそり込みいれてたあの頃からは、想像もつかない。社会人デビューかと動揺しながらハイボールをゆらしていると、なんだかどうにも話が合わない。後輩が当時付き合っていた彼女の名前をまちがえたことで、違和感は決定的になった。問い詰めるとすぐに白状する。「思い出、流れちゃったんす。質に」

 思い出質屋なるものが都会にはあるらしい。後輩曰く「どうしてかは忘れたけれど、いつの間にか財布の中身がすっからかんで、頭の中身もすっからかんになっていた」質屋の厚意で暗証番号だけは控えていたから、なんとかロックを外したスマホの電話帳で、一番上にいたおれに電話をかけたらしい。万年出席番号一番の呪いが、はじめて役に立ったってわけだ。

 高校卒業後までは分かんないけど、と前置きして、おれは後輩の電話帳をのぞき込みながら、一人ひとりを説明していった。野球部なんてひとつの山みたいなもんで、入ってしまえば部活も勉強も青春も、大抵そこで完結してしまう。電話帳はほとんど共通の知り合いばかりで、高卒以来ぱったりウワサを聞かなくなったこいつのことが、今さらながら心配になる。そんなこっちの心情を知らず、後輩はおれの丁寧な説明にも、はーんとかほーんとか、ぼんやりした返事ばかりだ。大好きだったマネージャーにさしかかっても、反応はいまいちだった。本当に忘れてしまったのだ。質っていうのはなかなかに残酷らしい。

 飲み放題の二時間じゃ全然話は終わらなくて、なし崩し的に後輩はおれの家に転がり込んだ。1Kに大の字で眠る後輩を蹴り飛ばしてから、おれはサイフを持って件の質屋に向かう。なんとか流れる前に取り返せた最後の記憶は、おれの代の引退試合だった。それなりに真剣にやってたおれらは、それでもやっぱり弱小で、簡単なミスであっけなく負けた。一応キャプテンだったおれは落ち込む全員を励まして、打ち上げ会場に送り出してから、部室の中でひとりで泣いた。そう、ひとりだったはずなのだ。ロッカールームでぐずぐず泣く他人視点から見たおれは、鼻水がユニフォームにひっついていて、どうしようもなくみっともない。

 取り返した後輩の思い出を机の引き出しに入れたまま、不思議な同居生活は続く。求人誌を枕に、いじっていたスマホゲームでレアが出たと画面を見せてくる後輩が、どうしてあんな記憶を最後まで残していたのか、おれには想像もつかない。メシまだっすか? と催促するふてぶてしい後輩を足蹴にしながら、おれはこいつに記憶を返すかどうか悩む。ぎゃーぎゃーわめくうるさい同居人との生活も悪くないが、こんな記憶を思い出したときのこいつの顔も、正直見たくてたまらない。

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