異生間交流

 実はわたし、宇宙人なの。みんなには内緒ね。お絵描き仲間のとなりのお姉さんが、こっそりそう教えてくれて子どもながらにうれしくて、バカなわたしはさっそくその日の夕食で、お母さんに報告した。お姉さんとこんなに仲良くなれたんだよと伝えたかったのに、お母さんはなぜか、「そんなわけないでしょ」と困ったように微笑んで、喜んではくれなかった。

 お母さんはすぐに忘れたみたいで、だからわたしがお姉さんの秘密をその日のうちにバラしてしまったことは、誰にも気づかれなかった。代わりに、お母さんは毎朝門の前まで出て、学校に行くわたしを見送るようになった。今思うと、通学中にわたしがUFOに吸い込まれないか心配していたのかもしれない。近くの高校に通うお姉さんとは駅までの道が一緒で、わたしは毎朝、貸してもらったマンガの感想とか教えてもらったアニメのどきどきしたシーンなんかをしゃべりながら、お姉さんと手をつないで歩いた。白と紺の制服を折り目正しく身に着けて、やさしく相づちを打ってくれるお姉さんはきれいでかっこよくって、おまけに絵もうっとりするくらい上手い。宇宙人ってなんて素敵なんだろう。

 わたしは中学生になり、ひとりで学校に通うようになった。大学生になったお姉さんは、ぎゅっと絞った絵の具がはじけるように、カラフルになった。強そうな赤い口紅をつけ、髪をひまわり色に染め、若草色のパンツを履いて、海に浸したみたいなネイルをひらめかせる。お姉さんと顔を合わせるたびに、わたしはわざと幼く大げさにはしゃいだ。お絵描きを辞めてしまったというお姉さんは、それでもわたしの話を聞く時だけは、まるであの頃みたいにやさしくうなずいてくれた。一方で、わたしは家でお姉さんの話題を一切出さなくなった。宇宙人の意味をようやく理解し始めたわたしは、何かを貫き通すほどの強さはまだなくて、混ざらないことで黒く濁らない世界を壊さないようにするので精いっぱいだった。

 高校生になったある日、久しぶりにお姉さんに誘われた。最近おすすめのマンガを袋につめて向かった夜の公園で、お姉さんは借りられないと困ったように首を振った。仲間のところに行くのだと言ったお姉さんを、わたしは引き留められなかった。となりの家からはしょっちゅう言い争う声が聞こえてきていたし、お姉さんと同じ宇宙人の同級生は、クラス中に知られた瞬間から、まるで水に濡れた紙のように薄く透き通ってしまった。また絵を描いてよ、わたしも上手くなったんだよと持ち掛けるわたしに、お姉さんは応えなかった。この展開は知っている。もう二度とお姉さんとは会えなくなって、唐突に十年後のわたしとかがこの後出てきて、桜の下で駆け出したりするやつだ。分かっていても、マンガ家でもなんでもないただの高校生のわたしは、テンプレを脱する術を知らない。

 UFOに乗ってお姉さんは行ってしまった。となりの家は空き家になって、わたしは大人になった。現実には剣も魔法もないくせに、迫害とか差別とか、そんなものはいやになるほどあると知った。あの夜、どうしたらお姉さんがいなくならなかったのか、今でも考え続けている。渡された旗をつかむと、わたしたちはそれを掲げる。空が虹色に染まる。世界はどう変わっていくだろう。もし、お姉さんが何かの気まぐれでまたこの星に戻ってきたとき、思わず絵を描きたくなるような景色になっていたらうれしい。

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