善行ポイント

 善行ポイントがいよいよ給与に反映されることとなり、わたしたちは静かにうめく。これで、残業あがりの深夜二時でも赤信号を無視できなくなった。正しいことはまったくもって、ほころびがなく強すぎる。

 町中に仕掛けられた監視カメラにもなれてしまったわたしたちは、ほどほどに行儀よく毎日を過ごす。堅苦しいなあと肩を回したわたしに、同期はそうかなと首をひねった。普段から品行方正な彼は、ポイントのために努力するなんてしたことないんだろう。まあ、ポイント制も悪いことばかりじゃない。おばあさんを送ってあげたり、妊婦さんに席を譲ったり、それだけでポイントが溜まって、ボーナスも上がるわけだし。

 たからまさか、ポイントでマウントとるような世の中になるなんて、思ってもみなかった。SNSでは善行ポイントをアピールするのが当たり前になり、十万点を超えると聖人、百万点を超えると神、一億を超えると仏と呼ばれ、文字通り信者が集まった。わたしの控えめな同期は実は神で、うっかりわたしがSNSを勧めたせいで、彼は思いがけず多くの信者に囲まれる。最初は困ったようにわたわたしていた彼も、いつしかたくさんの交流を楽しむようになっていたから、まあ許して欲しい。

 そう、だから本当に、こんなはずじゃなかった。休職中の彼に書類を届けに行く最中、わたしは歩きながら考える。承認欲求はどんな神でも貶めるようで、善行ポイント上位者たちの「正しきこと」戦争にもれなく彼も巻き込まれた。自ら参戦したといっても過言じゃない。結果、みごと炎上した彼を見かねて、会社は彼に、休職を言い渡した。出迎えてくれた彼はだいぶやつれていて、それでもわたしにコーヒーを入れては、自分がいかに正しいかとぶつぶつ主張し続ける。彼の主張は一面から見れば確かに正しくて、それゆえに彼のポイントはいくらグチろうか減らないところがもどかしい。わたしはしかたなく、奥の手を取りだした。「ところでさ、イイものがあるんだけど」

 一気見必至の海外ドラマと大量のスナック菓子に、カップラーメンとボトルのジュースは、あっけなく彼を人に戻した。怠惰に堕ちた彼は元のひかえめな同期にもどり、感謝されたわたしは少しだけポイントが上がる。よかったよかった。これでわたしももうしばらく、なまけてたって大丈夫。

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