smells good

 食べ物の香りの香水をつけることが流行ってしまって、食欲旺盛なわたしは大変つらい。クラス中が、焼きたてのパンの香りや炭火焼き鳥の香りに満ちていて、教室につくなりお腹が鳴ってしまう。食べられない香りに何の価値があるのか、と憤るわたしに、通りがかったあの子は「食べられる香りを持ってくればいいじゃん」とカバンからパンをおもむろに取りだす。わたしたちは親友となり、毎朝、駅前の商店街で一押しのパンを買ってはプレゼンをし合うようになる。

 夏はたこ焼きの香り、秋は焼き芋の香り、冬はチョコレートの香りと季節ごとに変わる流行を追いかけて、わたしたちのプレゼンにも熱が入る。保冷瓶をまるごと使ってアイスバーを作ってきたときは天才かと思った。保冷容器は神すぎて、わたしたちは何本も持ってきては、机の上に並べて香りのブレンドを楽しむ。加熱しすぎたブームに、学校から禁止令が出されても、「お弁当」を免罪符にわたしたちはやめなかった。天然100%の香りには文句もつかない。お弁当と言い張ってさまざまな香りを持ち込むわたしたちは、だんだんクラスで人気になって、いつの間にかブレンドティーを売り始める。思いがけず人気の出た商売にわたしたちは舞い上がり、いつか一緒に店を出そうと約束する。

 やはりというかなんというか、その約束は叶わなかった。大学入学前にふたりでやった、決起集会の帰り道、わたしは事故に遭い味覚を失う。食べられない香りはやっぱり苦痛で、それでもと泣くあの子にごめんと頭を下げる。わたしたちの夢は終わった。

 大学を卒業して、食べ物とは関係ない会社に就職した。あれだけ好きだった食べ物は、いまだに味がわからなくて、もったいなくてレストランにも行けない。いつものようにカップラーメンをすすっていると、ふとテレビの特集が耳に入る。「ニオイを食べるレストラン」がコンセプトのその店は、なんでもメニューは白米のみで、特殊なふりかけによる疑似ステーキ丼や似非うな重が食べられるそうだ。半信半疑で訪れた店で、わたしは久しぶりに焼き鳥丼を食べる。香ばしい炭火焼きの香りをじゃましない、似合わないストレートティーからは、よく知った香りが立ち上っている。

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