ファーストコンタクト

 ついに宇宙人がやってきた。大人たちが隠し通せないほど堂々と、スクランブル交差点のど真ん中に降り立ったUFOは、駆け付けた自衛隊のトラックにけん引されて、どこかへ行ってしまった。警察官の誘導に大人しく従う、ウーパールーパーによく似た宇宙人たちの後ろ姿は、ハイヤーに乗り込むVIPにも、トラクターに乗せられるドナドナの子牛にも見えた。わたしは大興奮で、学校で聞きかじった地球滅亡論をお母さんに話す。「世界が残り三日だったらどうする?」「そんなわけないでしょう」お母さんは呆れていった。「まあ、国か国連かなんかが、なんとかしてくれるわよ」鏡の前で振り返ることのないお母さんに見えない位置で、わたしは頬をふくらませる。

 記者会見が行われたのは一回きりで、あとは不自然なほどなんの情報もなかった。国際関係がどうとか、MASAやZAXAがこうとか、ワイドショーは連日大賑わいだったけれど、待てど暮らせどなんの反応もない。2週間も過ぎれば、いよいよ宇宙人が官邸を乗っ取ったんじゃないかとか、世界滅亡論とかがまことしやかにささやかれて、ほれ見たことか、とわたしはお母さんを振り返る。「大人はいろいろ時間がかかるのよ」ちゃっちゃと化粧を施しながら、お母さんはコンシーラーの蓋を開ける。

 事態は急展開をみせた。お昼のワイドショーをジャックしたウーパー星人は、流ちょうな日本語で語り出した、「我らは出て行くことにしました。我らは知的生物と友好を結びたかった。だが、ここは、それ以前の話のようですね」

 ウーパー星人の言葉を信じるなら、なんとこの2週間、彼らはずっと檻の中で、一切の人間と交渉することができなかったらしい。友好的に迎えられることも、武力を向けられることもなく放置されることを不審に思った彼らが、宇宙を渡ってきたその技術で調べたところ、ボスらしき生命体が、狭い空間で延々とコミュニケーションを繰り返していた。「彼らを追い出し危機を救ったとすれば、支持率は上がる」「国力を増大させるチャンスかもしれない」「そんなことをして他国に目をつけられたらこの国は亡びる」「逆に武力を正当化する機会だ」「会長は穏健派だから、そんなことを言ったら基盤を失う」「半年後には総選挙だ。手堅くいこう」うんぬんかんぬん。ご丁寧に、証拠の映像付きで彼らは説明してくれた。それから最後に口から小さなキューブを吐き出す。「あなたたちの代表との交流は諦めた。でも、もし我らのもとに来てくれるという個体がいたらこのキューブを飲み込んで。我らはその個体を見捨てない」

 ひゅーんと去っていく銀の円盤を、みんなぽかんと口をあけて見送った。不思議なことにみんないつの間にか薄ピンクのキューブを持っていて、角砂糖みたいなそれを捨てることもできず持て余す。どうしよう、とわたしはお母さんに5回目の相談をした。退陣を求めるデモの怒鳴り声が外から聞こえてくる。「なんとかしてくれるのかな」お母さんは答えない。ねえ、とわたしはもう一度声を掛けた。ぶんっと飛んできたこぶしが頬に当たる前に、わたしは口に含んでいたキューブを飲み込む。

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