ペンギンの威を借るアザラシ

 ペンギン界もそれなりに複雑で、雑多にあつまっているようで案外派閥があったりする。「俺はそこのアザラシと取り引きして、安全な狩場を教えてもらえる」だとか「渡り鳥に貸しがあるから、空からシャチの動きを教えてもらえる」だとか、そんなウソかホントか分からない話を頼りに、大小さまざまな派閥が時に小競り合いしながらも共存しているのが、今のペンギン界だ。うさん臭いことこの上ない。けど、大きなグループ全体をまとめるほどのカリスマのあるやつがいないから、仕方ない。ま、風来坊の俺には関係の無いことだ。

 そんな世界で、気づくと一風変わった派閥ができていた。わらわら集まっているペンギンの群れの、ひときわ密度の濃い真ん中には、毛むくじゃらの流木みたいなものが横たわっている。あっけにとられる俺に、新種のアザラシなのだと誰かが教えてくれた。「アザラシとシャチの合いの子なんだってよ。だから、ペンギンじゃなくて魚を食べるんだってさ。狩りは下手らしいけどむちゃくちゃ頭がよくて、あいつの言った通りに狩りをすると、いつも大漁なんだ」

 その集団が珍しいのは、そのアザラシもどきが一切漁に出ないことだ。集団のリーダーと言えば、先陣を切って海に飛び込んでいく気の狂ったやつばかりかと思っていた。だから集団の真ん中でみんなにぎゅっと取り巻かれ、取ってきてもらった魚をただむさぼる姿は、大人になり損ねて永遠にでかくなり続けるヒナにも見えて、なんだか不気味だった。俺の心配をよそに、みんな口をそろえてアザラシもどきをほめたたえる。「あいつの言ったポイントに行ったら、本当に魚がわんさかいたらしい」「あの方に教えてもらった通りにしたら、シャチを躱すことができたんだって」「手当たり次第に狩りするなんて、体力の無駄だよ。これからはあの人の言う通り、効率的に漁をすべきなんだ」うわさは全部伝聞で、うっかり本当か? なんて疑った次の日には、俺は取り巻きたちにぼこぼこにされた。まったく、なんて凶暴なやつらだ。

 もともと特定のグループに属さず放浪していた俺は、その日も漁をさぼって陸地をてくてく歩いていた。天気がよくて、絶好の狩り日和だったから、陸には子どもと年寄りしかいなかった。だから、あいつも油断していたんだと思う。取り巻きのいないあいつの背中がぱかっと割れて、中から何かが出てくるのを、俺はうっかり見てしまった。ぬっと顔を出した何の変哲もないペンギンは、まとっていた幼羽の真ん中で俺に気づき、クケとか細くひと鳴きして、そっと何ごともなかったように羽根の中に戻っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る