ままごとお仲間ごと

 コミュニケーションすら面倒になった人類は、アバターの自動返信でやり取りをするようになる。定型文を覚えさせておけば、あとは勝手にアバター同士がやりとりしてくれるって寸法だ。大まかな諾否だけ伝えればいいコミュニケーションはたいそう便利で、コミュ障のわたしはすぐにアバターを作成する。

 たいていの人は真面目だけど、中にはスラングや際どいワードばかりを覚えさせて、おもしろがる輩も出てくる。美少女がお色気な返事をくれたり、政治家に似たアバターにFワードをしゃべらせたりして楽しむ輩だ。先輩もまた、毒舌を吐く美少女のアバターを持つひとりだった。わたしのアバターが挨拶しただけで、「うせろゴミムシ」とか返してくる。当然まともな友達なんて一人もできなくて、先輩の周りにはいつも、そういうのが好きなごく少数ばかりが集まってくる。これも適材適所、なんだろうか? リアルの先輩は「ごきげんよう」が似合うお嬢様だけど、本当は色々不満がたまっているのかもしれない。一方でわたしは語彙を上限ぎりぎりまで増やして洗練させた、あらゆるシチュエーションへの対応可能な王子様アバターをつくる。現実世界で先輩しか知り合いがいないわたしと違って、アバターはたちまち人気者になり、フォロワー数はぐんぐん増える。

 わたしのアバターにはいつの間にかファンクラブができていて、主催としてオフ会に参加するハメになる。調子のよすぎるアバターも考えものだ。生身の人間に対しては「あ」と「う」しかしゃべれないわたしは、困り切って先輩に代役を依頼する。先輩はあごに手を当てて、それから一つ条件を出した。

 わたしは先輩が大勢の人に囲まれている集会の様子を見ながら、新しく作ったアバターの設定をいじる。不良同士のバトル映画の大ファンだという先輩は、その影響で毒舌アバターを作ったらしい。なるほど、とわたしは手を打った。わたしは先輩の一番のお気に入りのキャラクターを覚えて、彼の使いそうな単語をピックアップしては、彼に似せたアバターに覚えさせる。

 帰ってきた先輩は、推しそっくりのアバターに歓喜し、楽しそうに自分のアバターと会話させている。わたしは先輩に、なんとも言えない視線を送った。同じ穴のムジナは、巣の外で会う分には楽しいけど、巣の中で出くわすといたたまれない。わたしの視線に気づいた先輩が、顔を上げてこちらを見る。わたしたちは3秒ほど見つめ合い、それから一言も発さずにそれぞれの部屋にこもる。アバター越しに話しかけると、「しゃべったらころす」と返ってきた。先輩のアバターにはまる人の気持ちが、少しだけ分かってしまうのがつらい。

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