没落世界

 恋人ができたその日、世界が没落しはじめた。地球がゆっくりと縮み始めたのだ。あちこちで地面がゆれ、割れ、どこに続くのか分からない暗闇に吸いこまれていった。そんなことある? わたしたちは付き合いたての初々しさを味わうことなく、固く手をにぎり合う。

 縮むスピードはものすごく速くて、沖縄と北海道がくっついたのは一ヶ月後だった。住処をなくした人たちが逃げてきて、町のあちこちに人があふれた。こんな状況になってはじめて、世界にはたくさんの人がいることを実感した。原因も対策も不明で、やがて足の踏み場もなくなった人たちは、船に乗り海に出た。何人もの人が亀裂に落ち、お金持ちはこぞって宇宙に逃げた。わたしたちはやけくそになって、半径三メートルの日本で結婚式を挙げる。浅瀬過ぎて大型船は入ってこられないけど、いまや船上の人となった顔も知らないみんなが、遠くから指笛を吹いてくれる。

 海の藻屑となる前に救助隊に救われて、わたしたちは渡り鳥のように、飛び続ける飛行機の中で新婚生活を始める。不謹慎なわたしたちを祝福してくれた船たちが次々どこかへ吸い込まれていくのを、わたしたちは研究に没頭しながらも知る。世界はすでにかつての北海道くらいの土地しかなくて、しかも高い山ばかりが残ってしまったから、まるで丸まったハリネズミのようだ。わたしたちはそのとげ先で、すぐとなりに同じようにひっかかっている飛行機に向かって、手旗信号で連絡をとる。

 ついに世界にはわたしたちの飛行機しかなくなった。わたしは重たい腹を両手で抱きしめながらその時を待つ。ぴったり計算通りの時間に、飛行機は落ち始めた。どこに繋がっているのかもわからない暗闇に落ちながら、わたしたちは歯を食いしばって笑い、固く両手をにぎり合う。これからどうなるのか、わたしたちには分からない。死んでしまうのかもしれないし、ひょっとすると目覚めてみれば、先に落ちた人たちが新しい世界を作っているかもしれない。けど、そんなこと知るもんか。わたしたちは歩みを止めない。痛みの間隔が短くなる。体の中の新たな命が、力強く腹を蹴る。

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