エルフとアンドロイド

 その銀ピカの生き物が空から降ってきたとき、あたしは思った。神さまだって。

 硬くゆでた卵の表面みたいな顔に、エノキみたいに伸びた手足は、明らかにあたしみたいなエルフ族でも、魔族でも竜族でもなかった。あたしはすぐに風の精霊にそいつを拘束してもらおうと思ったけど、なぜだか精霊たちは皆そいつを嫌がった。唯一、土の精霊だけがしぶしぶ手を伸ばしてくれて、そいつを岩の檻に閉じ込めてくれた。こんなことは五百年生きてて初めてだったから、本当に驚いた。やっぱりこいつは神さまなのかしら。精霊たちの戸惑いに、あたしはじっくり相手を観察したけれど、どうにもおどおどしてるし、神さまにしてはあまりに威厳がない。

 そいつはしばらく不気味な音を響かせていたけど、何日か過ぎた後、急に言葉をしゃべり始めた。曰く、そいつは空に浮かぶ星々の一つからやってきて、「ジンルイ」ってやつを探して、長い間旅をしているらしい。どうやらその「ジンルイ」にあたしがすごく似ていたみたいだけど、あたしが魔法を一振りすると、「ジンルイ」はそんなことしないって、すごく落ち込んでいた。失礼しちゃうわ。だけどそれより、あたしにはもっと大事なことがあった。この銀色のつるつるは、神さまじゃないけど、どうやらものすごく長寿みたいだった。正確には長生きじゃなくって、統合型なんちゃら端末なんちゃらっていうらしいんだけど(何回聞いても全然わからなかった)、ともかく、野山の動物や魔族や竜族みたいに、すぐいなくなっちゃうってことはないみたいだった。あたしはそれを知って飛び上がった。友達になってくれるのなら、この世界のことを教えてあげる。そんな言葉でまるめこんで、あたしはこの銀ピカと一緒に暮らすことにした。

 そいつは木のみも魚も食べなくって、夜も眠らなくて平気みたいだった。ときおり、空に向かって額の緑のライトを点滅させる以外は、わたしの傍にくっついて、あれは何だこれは何だと訊いてまわった。特に魔法に興味があるようで、わたしはいくつかの魔法を披露しては、一人分の拍手を浴びた。そいつの言うことは半分以上分からなかったし、ときおりケンカもしたけれど、最初の約束通り、離れていっちゃうことはなかった。

 千年が過ぎて、ついにあたしにも寿命が来た。たくさんのことが変わって、魔族は滅び、竜族はうろこを捨てて毛むくじゃらの生物に進化していたけど、あたしたちはほとんど変わらなかった。「長い間、ありがとう」あたしは細かな傷で曇るあいつの手を撫でた。あたしを見送ったあとは、再びジンルイとやらを探しに旅立つのだと、ずいぶん前に聞いていた。旅の無事を祈るまじないをそいつの手に施してやると、そいつは冷たい手をぶんぶん振った。「不要です」「は?」「残ることにしました、私も」ぱちくりと瞬きをする間に、あいつはするりとわたしの棺桶に入ってきた。木の蔓で編んだ箱は多少伸びるけど、それでもやっぱり狭苦しい。「ジンルイ探しは?」「母船はもう別惑星へ旅立ちました」「全然意味わかんないんだけど」「あなたに感謝します」そいつは言った。「我々は自己よりも優先する存在という概念を理解した。これは、人類を解明する上で有用な手がかりです」そう言って、そいつはあたしの頬をなでた。やっぱり表情はわからなかったけど、なぜだかとってもやさしく微笑んでいるような気がしたから、あたしは黙って指先をにぎった。神さまみたいに冷たく硬いそいつの体は、案外簡単にあたしの熱が移って、ほんのりとあたたかい。

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