死体ごっこと酔いどれ受付嬢

 おととい見つけたベスト死にスポットに、一升瓶を抱えた女性が倒れていたもんだから驚いた。一応息は普通にあって、たぶん飲みすぎのようだった。強い風で桜吹雪がすごくって、本当ならあたしがそこでうつくしく死んでいたはずなのに、と思うとちょっと悔しくて、いじわるな気持ち半分で肩をたたく。それがあの子との出会いだった。

 週八で飲み会しているらしい彼女は近くの会社の受付嬢で、それからもちょくちょく、道端で酔いつぶれているのを見かけた。いくら春先だからって、さすがに夜道で寝るのは危ない。たたき起こして水を飲ませているうちに、懐かれてしまった。そのうちあたしの死体ごっこの趣味もバレて、やけくそになって深夜の公園に二人、並んで寝っ転がったこともある。「一人はやっぱり怖いけど、二人なら安心ですね!」って笑うあの子に、いや一人でも寝てたじゃん、というツッコミは届かなそうで、そうだねとだけ言っといた。まったく、変な子に好かれてしまった。

 あの子は酔いつぶれて眠るのが好きで、あたしは死んだようにボーっとしているのが好きだったから、二人で会っても基本無言だった。あの子のいびきと、あたしの殺しきれない呼吸と、風の音ばかり覚えている。雪の降り始める少し前、彼女はぴたりと顔を見せなくなった。いつもの公園にいつまでたっても現れないから、業を煮やして彼女の勤め先をちらりと覗いてみたりもしたけど、ぜんぜん手がかりはなかった。まあ、これから冬だし、さすがに命の危機を感じたのかな。あたしはひとりで公園に通った。体も脳もからっぽにして、ガラスの目玉で世界を眺める死体ごっこは、なぜだか前より楽しくない。

 雪が降り始めて、ベンチが雪に埋もれても、あたしは公園に通い続けた。雪を掘ってかまくらのなかに入ると、音もぜんぜん聴こえなくて、ほんとに死んでるみたいだ。だから油断してた。大みそかの日、しずかな公園で、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ふいに思いっきり殴られた。痛みと混乱で目覚めると、懐かしい顔が見えた。

 酒の飲み過ぎで肝臓を壊して入院していたらしい彼女は、ぜんぜん人のことを言えないくせに、三時間あたしにお説教をした。きっちり風邪を引いたあたしは、なぜか彼女のベッドで看病を受けながら、いつまでも続く彼女の怒りをおかゆと一緒に飲み込んでいた。「なんでそんなに怒ってんの?」喉を枯らした彼女がペットボトルで口を塞いでいる隙に、あたしは訊ねた。「責任、またとってもらってないから」と彼女は言った。「高っかい入院費払ってまで生きようってわたしに思わせといて、あんただけ先にいっちゃうとか、無しですからね」

 あたしたちは今日も、無言で桜を眺め続ける。一つだけ変わったのは、グラスが二つになったことだ。外で飲むお酒が、こんなにも美味しいって知らなかった。責任取って彼女には、これからもつき合ってもらわなきゃならない。

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