戦略的運命操作

 社長も校長も大臣も首相もすべて女性だ。三十を超えるとみんな女性になるのだから、当たり前だった。たくさん成長して、大きくなった個体が子どもを宿す。これが一番合理的、らしい。「勝手に体が変わるなんて、いやだよなあ」小学校のころ、保健体育の授業で転換のことを教わった帰り道、幼なじみは不安そうな顔でそう言った。「子どもなんて産みたくないのに、なんで転換とかしなきゃいけないんだよ」こいつに怖いって感情があるのかと、俺は子どもながらに驚いた。虫を引きちぎってもけろりとしているこいつが怯えているのを見ると、自分まで怖くなってくる。「女になったら変わるのかな、色々」俺の独り言を聞いたあいつは、豪快にわらって腕を回してきた。「変わんねえよ。少なくとも、俺たちはずっと親友だろ」自分だって不安なくせに、こうやって俺を励まそうと強がるところが、あいつのいい所だ。回された腕の細かな震えを、俺はいまでも覚えている。

 俺たちはそれからも、折に触れては転換についての不安を共有した。卒業して就職して、ようやく一人前になれた頃、ついに俺にもそのときが来た。歳の離れた兄貴の変化を間近で見ていたから、ある日ひげが生えなくなったことに気づいても、驚かなかった。いくぶんほっそりとしたあごを撫でて、俺は決意を固めた。

「ついにお前も始まったかあ」複雑な顔をするあいつに笑いかけると、あからさまに視線を逸らされる。予習していた化粧をほどこし、ファッションもばっちりきめて、まだ胸の発達は頼りないけど、そこそこの美女になれているはずだ。テーブルの向こうに座る彼は、毛むくじゃらの手でグラスをつかむ。こいつの転換は、きっとまだまだ先だろう。ガキ大将で、みんなのボスで、そのくせ高校に入っても一向に年上の彼女を作らず、今だ子ども一人作っていない彼の恐怖を、俺はもう煽らなくていい。「変わらないんだろ、俺ら」まだ変化途中の、貧相な体を彼に寄せる。安心させるように微笑むと、とまどって揺れる彼の視線が戻ってくる。「それとも、意識しちゃったり?」これしかないのだ。同じ歳の俺がこいつを手に入れるには、どちらかがより早く、どちらかがより遅く、転換するしか道はない。俺は彼のうでに細くなった指を這わせる。あのときみたいに小さく震える腕は、ひどく熱い。

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