魔法使いの弟子

 遊園地が好きだった。誕生日に年パスをねだり、ひとりで数時間かけて通うほどに好きだった。魔法の国を謳ったその遊園地は、古くて小さくてあんまり人気はなかったけれど、わたしはひと月に一度は必ず通い、どのパレードもかかさず見た。衣装のささいなマイナーチェンジも、キャストそれぞれの振りつけの微妙な差も、立ち方も手の伸ばし方も全部わかるほどに、好きだった。

 その日もわたしは磨き上げられた石畳の上にいた。ぐらりと地面がゆれて、気づくとすべての明かりが落ちていた。客を誘導するスタッフの一人が、道端で立ち尽くすわたしに近寄って腕をのばす。その動きに見覚えがあった。ふかふかの被り物をしていない、ただのすらっとしたその人は、大きく華やかな舞台の上で、みんなに笑顔を振りまいていたあのキャラクターと同じ動きをしていた。

 わたしが呼んだ名前に、その人は固まった。言ってはいけないことを言ってしまったのだと遅れて理解したわたしは、とっさに声が出なかった。「ばれてしまいましたか」やがてその人は、照れたように言って、魔法のように手のひらから小さなブーケを取り出してみせた。「じつは、彼の弟子なんですよ。ぼく」

 非難所まで誘導されて、手を振ったその人とはそれっきり二度と会わなかった。被害はそれなりに甚大で、残念なことにそのまま遊園地は閉園してしまった。生きがいを失ったわたしは、呆然としたまま大人になった。それなりに無気力で空虚に過ごしていたある日、たまたま立ち寄ったジューススタンドで、わたしは強烈な既視感に襲われた。カウンター越しに差し伸ばされた腕の先には、まるで魔法が詰まったかのように鮮やかなフルーツティーがにぎられている。

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