つめかえ彼氏

 仕事で嫌なことがあったその日、帰るなり、家で待ってた『オレ様設定』の彼氏に罵倒されたから、その場で中身をつめかえた。大型わんこ系になった彼氏は、ソファから一歩も動かないあたしのまわりで甲斐甲斐しく世話を焼き、夜11時だというのに、アイスを買いにコンビニに走っている。うん、かわいいやつめ。

 彼氏は作るモノだし、けど毎回イチから作っていたら大変だから、最近はつめかえ式が主流だ。前のオレ様系も気に入ってたけど、繁忙期に優しさゼロは、ちょっとドМすぎた。こんどの彼氏は長く付き合えそうだ。言いつけたフレーバーが売っていたと、嬉しそうに帰ってきた彼を見ながら、あたしは少しだけ楽しみになる。

 心機一転、気合を入れた翌朝、さっそく職場で配置換えを言い渡された。聞いてないんですけどお、なんてぐずついた不満は、部署の姉御ポジを確立した今のあたしじゃとても言えない。そのままデスクの中身をまとめて、フロアを移って、新しい部署で頭を下げる。おっさんばかりだった今までのフロアと違って、巻き髪まつエクの派手め女子が、うすっぺらい笑顔で値踏みしてくる。なるほどなるほど。

 あたしは帰り際に美容院に飛びこんだ。肩甲骨まであった髪をバッサリ切って、中学生みたいな黒に染めて、けどやぼったくないように毛先を跳ねさせる。そのまま閉店間際のドラッグストアに駆け込んで、赤いティントを捨てて薄ピンクのリップを買う。あの場所なら、次はみんなの後輩でしょ。おかえり、と出迎えてくれた彼氏は目敏くあたしの変化に気づいて、かわいいねと褒めてくれる。ありがと、なんて言わずに、あたしは彼氏を無視すると風呂場に直行して、半分以上残っていたシャンプーを流しに捨て、ボトルを洗う。リップといっしょに買ってきた新しいシャンプーは、封を開けるとひかえめに香った。つめかえならやるよ? 彼氏の声は一週間前と同じ音なのに、ひどくやさしい。透明になったボトルに、ベビーパウダーみたいな薄ピンクの液体が、すこしずつ満たされていく。

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