低体温社会
たいへんな熱が流行って、世間はあつさに厳しくなった。町中にサーモグラフィーが張り巡らされ、少しでも熱が検出されると、どこからともなくやってきたロボットたちに囲まれて、そのまま隔離病院にぶち込まれる。泣いても叫んでも、家族やペットが家にいても、お構いなしだ。人々は震え上がった。「ステイクール」が流行語になって、体中に冷却ファンや氷嚢をぶら下げる人々が続出した。ケンカやいさかいや、イチャつきや爆笑は過去のものとなり、冷静で距離感を保った、節度ある態度が理想とされた。
お兄ちゃんはアツい男だった。誰よりも大声で笑い、声を枯らして泣き、怒り、走った。当然、何度も隔離病院にぶち込まれた。それでもお兄ちゃんは変わらなかった。そんなお兄ちゃんを、あたしは冷めた目で見ていた。あたしがどんなに冷たくなっても、お兄ちゃんは歯牙にもかけない。「今日はいい天気だぞ! 散歩日和だ!」と言っては、引きこもりがちなあたしを連れ出す。シミができるから、せめて日傘をさしてほしいのに、真っ黒に焼けたお兄ちゃんに、そんな配慮は一切ない。
長いこと燃えてたお兄ちゃんも、氷の上じゃあキツかった。お兄ちゃんに話しかける人はいなくなった。独りで燃えるのにも限界があった。ある日、あたしの病室を訪れたお兄ちゃんは、燃えカスみたいにしおれていた。「ごめんな。兄ちゃんだけは、負けないでいようと思ったんだが」黙り込むお兄ちゃんに、あたしはこの日のために三年かけて用意した、とっておきをプレゼントした。ずっと手伝ってくれた療法士の人が、とても理性的に兄と肩を叩く。お兄ちゃんがこっちを向いたことを確かめてから、あたしは思いっきり片目をつむった。
高熱の後遺症で全身がうまく動かなくなったあたしの元に、今日も兄は、うっとおしいほどのアツさで見舞いにくる。昨日、兄ははじめて彼女を連れてきた。死んだ目をした人ばかりの世界で、めずらしく瞳に熱を宿す女性とはきっと、長い付き合いになるだろう。冷え切った世界への、唯一にしてささやかなあたしたちの反撃は、きっと明日も続くのだ。
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