不治のしあわせ

 不治の病はなかなか需要が高い。わたしの作った病原細胞は、苦しまず、けれどある程度の余命があって、キレイにお別れできると好評だ。求める理由はいろいろあるけど、保険金と痴情のもつれが二大トップ。いつまで経っても人間、金と恋には勝てないらしい。

 不謹慎で罰当たりな商売は恐ろしくうまくいき、わたしは一向に逮捕されない。何人もの患者を見送ったあと、その人はやってきた。屈強なガードマン二人を引き連れてきた老人は、テレビで見るよりはるかに老いた顔で、楽にして欲しいと言った。

 地位も名誉も金も未来も、なにひとつ不安のないだろうその人が、わたしの病原細胞を求めるのには違和感があった。けれどまさか警察が、国のトップをおとり捜査に使うはずもない。「引退して休まれてはいかがです?」わたしは提案した。その人は小動物のように毛を逆立てた。「そんな甘言には耳を貸さんぞ。お前もわたしの地位を狙ってるのか」立ち上がり詰め寄ったその人は、ガードマンに取り押さえられると、とたんにへなへなと椅子へ戻った。「引退などできるものか。自ら尻尾を巻いて逃げるなど。わたしの去り際は、どうしようもなく残酷で不条理でくつがえしようのない、うつくしいものでなければならない」

 数日後、テレビの上部にその人の辞任の報が踊った。「苦渋の選択」と銘打たれたお昼時の記者会見を、わたしは冷めていくカップラーメンの前で聞いた。「神さまが、ここまでだと、お前の役割は終わったのだと、そう言ってくれていると……」大きく息を吸ったその人が、顔をしかめる。

 わたしにできるのは、せいぜい痛みが出やすい臓器の近くに、細胞を接種することくらいだった。ずっとへし折ることを夢見た相手は、確かにわたしの手で死んでいく。「逃げだ」「遅すぎる」「この国の癌」たくさんの怒りの一欠片にも気づかずに、無様に妄執に囚われたまま、歴史に名を残す愚帝として死んでいく。何千日にも及んだ恨みが今、報われようとしているのに、わたしの手元に幸せがないのはなぜだろう。街頭インタビューのおじさんも、夢の中の母も、疲れた顔のまま笑ってくれないのはなぜだろう。膨らみすぎた麺が、発泡スチロールのうつわからこぼれ落ちている。

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