ホーンテッドパソコン教室

 ああそこ、また違う、と口裂け女に肩を叩かれあたしは飛び上がる。「それはテザリングでしょ。今やってるのはスカイドロップだからあ」云々云々。呆けたあたしを、となりのカッパがつっついた。「テザなんとかって、なんすか?」そんなの、あたしが教えて欲しい。

 最近の人間は「すまほ」に首ったけだ。そりゃあもう、ろくろ首が嫉妬するくらいには。あたしたちがいくら夜道で飛び出したって、川の中に潜んでたって、人間はすまほしか見ていない。そんなお株を奪った憎き敵を利用してやるのだ、という気概のある妖怪たちが、この教室にやってくる。いま、あたしたちは「すかいどろっぷ」に必死だ。触ったこともなかった、すべすべする銀の板の蘇生から始まり、指を滑らせること(このためにあたしは大きなクモを弟子にしなければならなかった)、叩く回数、力の強さ。まったくちまちま面倒くさい。けど、ようやくだ。この「すかいどろっぷ」とかいうやつをできるようになれば、あたしたちは自分のすまほから、人間のすまほにこんにちはできるらしい。境界鏡のようなものだろうけど、本当に不思議なことだ。ついこの前、井戸からテレビとかいう箱に行けるようになったばかりなのに、人間ってのは本当に、生き急いでばかりで呆れてしまう。

 悪戦苦闘に七転八倒したのち、あたしたちはようやく、「すかいどろっぷ」を習得した。「じゃあ、最後にだれか、やってみようか」すっかりメイクの落ちた口裂け女が、疲れた顔でそう言った。みんなを代表して、あたしが手を挙げた。覚えたての手順でボタンを押し、指を上へと滑らせると、あたしや後ろでのぞき込んでいたみんなの頭がぐわんと引っ張られ、気づくとどこかの部屋の中にいた。あたしは最初、牢屋かと思った。それほど狭い部屋で、机の上に置かれたすまほから、あたしたちは部屋をぐるりと見渡した。ひとりの女が、部屋の隅で膝を丸めて寝ていた。ほかに人の気配はない。どうやら、独り身の女に当たったらしい。散らかった部屋に、掃除された形跡のない流し。女は服も化粧もそのままで、まるで死体みたいに寝ている。あたしたちはなんだか哀しくなってしまって、わざわざ女を起こすのはやめた。「どうせなら、大きな家がいいよな」後ろで見ていたねずみ男が言う。「一人で驚かれたって、つまらねえ」

 あたしたちは何度もどろっぷし続けた。けれど現れる先は狭い部屋ばかりで、布団の並ぶ大広間だとか、ちゃぶ台を囲む家族だとか、そんな家にはなかなか当たらない。たまに数人が一緒にいることもあったけれど、なんだかみんな忙しそうで、置きっぱなしのすまほから長い首が垂れていても、水かきのある手が伸びていても、だれも気づかなかった。

 ついに耐えかねて、次、当たったやつを驚かしたら解散しようということになった。ぱっと現れたのは、ノートの上で肩を震わせる子どもだった。細い首が持ち上がり、涙の膜が張った瞳が、ぶるぶる震えるすまほと、その上に浮かぶあたしの生首を見つめた。少年は笑った。「とうとう幻覚がみえちゃった」あんまりに切ない顔をするもんだから、あたしはうっかり少年と友達になった。ごろごろ転がるあたしの首に少年は一度もビビらない。けど、あたしが勉強の邪魔をすると嬉しそうに笑うから、まあ、この関係もそんなに悪くない。

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