知らなくていいこと
ほうきがオワコンになって久しい。けれど最近、エコだなんだって街乗り需要が増えてきて、それでなんとか、うちみたいな弱小ほうき屋は生き延びている。子ども用のカラフルなほうきを売ったり、ぼさぼさになった穂を整えたり、効きの悪くなったブレーキ回路をいじったりと、それなりに仕事は多い。けれど、こんな依頼は始めてだ。「乗り方を教えて欲しい」とやってきた彼女は、カミソリ杉につっこんだのかというくらい全身傷だらけだった。
ほうきにまたがる魔法使いに憧れて、カイシャインを辞めて修行をつんだらしい彼女は、おそろしくバランス感覚がなかった。ほうき自身が気難しいわけでもなければ、彼女の魔力に問題があるわけでもない。ただ、バランス感覚がなかった。そんな人間に、ぼくができることはほとんどなかった。せいぜい、彼女が地面に叩きつけられる前に浮かしてあげるくらいだ。彼女はどんなアドバイスも愚直に受け入れたし、ぼくは持てる技術すべてでほうきを飛びやすく調整した。毎日近くの河原で、暗くなるまで練習を重ねた。ちいさな子どもならいざしらず、成人女性と成人男性が大声を掛け合いながら、ふらふら低空飛行を繰り返す。正直、かなり人目が気になったけれど、すぐにどうでもよくなった。少しずつ延びる飛行距離を、ぼくらは大げさに褒めあったけれど、限界は見えていた。ある日、ぼくは思い切って彼女にひとつ提案をした。彼女はいつものように、あっさりとそれを受け入れた。
ぱっくり二つに割れた穂のほうきにまたがって、彼女はくるりと宙返りをしてみせた。企みは大成功だった。二股フォークみたいな格好になったほうきは、左右の穂先で彼女のぶれる重心を支えた。こんな改造、普通のほうきなら飛んで逃げ出すけれど、ここまで付き合ってきた彼女のほうきは、しずしずとその身をぼくに任せてくれた。「本当にありがとう」と笑う彼女の目尻には涙が光っていて、ぼくもうっかり鼻の奥がツンとする。補助穂のついたこのほうきは、人間の世界で例えるならホジョリンツキというやつらしいけど、まあそんなささいなことは伝えなくてもいいだろう。
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